翔ちゃん先生の犬の飼い方コラム

第20話

免疫・感染症・ワクチン

ワクチンとは

ワクチンとは ~ワクチンの語源~

免疫、そして感染症の話が終わりました。いよいよ本題のワクチンの話に移ります。
「ワクチンとは」、「ワクチン開発」、「ワクチン接種前後の注意」、「ワクチンの副反応」、「ワクチンが効かない…なぜ?」、「次世代ワクチン」などを紹介します。
いずれも不活化ワクチンです。

ワクチンの語源

天然痘(=痘瘡)という病気があります。天然痘ウイルスによる感染症です。
伝播力が強く、かつ死亡率も高く、人類にとって恐怖の伝染病の一つです。
幸い、世界各国で徹底したワクチン接種がなされ、1980年にWHO(世界保健機関)から“世界天然痘根絶宣言”が発せられました。現在はこの世に天然痘はありません。厳重管理下の研究用を除けば天然痘ウイルスも存在していません。

小学校時代に種痘の経験を持つ方々がおられると思います。種痘は天然痘の予防ワクチンです。天然痘ワクチンは18世紀末に開発されたものです。実は天然痘ワクチンがワクチン学及び免疫学の事始なのです。

天然痘が脅威をふるっていた頃「都市部に住む人より田園地帯に住む人の方が天然痘に罹りにくい」ということがわかっていました。

特に乳絞りの女性、羊飼いの女性で、過去に手指に発疹ができたことがある人(実は牛痘【牛の痘瘡】に感染した人)は重症の天然痘には罹りませんでした。あらかじめ牛痘に罹っていれば、天然痘には罹らない、あるいは罹っても軽症ですんでしまうことが経験的に知られていたのです。

この経験を科学的に立証したのが、かの有名なジェンナーです。
ジェンナーは牛痘の膿を子供(偉人伝では自分の子供となっていますが、実際は違うようです)に塗布し、天然痘を予防することに成功しました。これがワクチンの始まりです。
雌牛のことをラテン語で“Vacca”といいます。“ワクチン=Vaccine”の語源です。

初めて意図的にワクチンを作ったのはパスツールです。
それは狂犬病ワクチンでした。“ワクチン”という呼称を提案したのもパスツールです。ジェンナーの発見から約90年後のことでした。

【よもやま話】

「あばたもえくぼ」という言葉があります。「あばた」とは天然痘罹患後に幸運にも生き残った人に見られるハレモノの跡です。エジプトのミイラにもあったとのことです。
このハレモノの跡のため、直ぐに天然痘に罹ったことが他人にわかってしまいます。当時、天然痘は予防・治療手段がない恐怖の病気でした。いくら回復したといっても、忌み嫌われ、どうしても村八分的な扱いになってしまいます。そこで見破られない方法が考えられました。それがオシロイです。オシロイは天然痘の跡を隠すための手段でした。
お化粧の起源の一つです。

ウイルス性ワクチンと細菌性ワクチン

感染症の原因(病原体)はウイルスと細菌に大別されます。
これらに対抗するウイルス性ワクチンと細菌性ワクチンについて紹介することにします。
なお、プリオン、リケッチア、原虫、寄生虫なども感染症の原因ですが複雑になりますので割愛させていただきます。

感染症に罹ったときの治療法には対症療法と根治療法があります。
対症療法とは症状に応じて行う治療です。例えば、下痢をしているから下痢止め、熱があるから解熱剤、脱水症状があるから補液などです。
根治療法とはまさに「その根を治す」です。ウイルス感染症であれば抗ウイルス剤、細菌感染症であれば抗生物質です。これらは感染後に使用されます。
ところが感染前にもう一つの方法を施すことができます。それがワクチンです。

利用可能な抗ウイルス剤は限られています。
ウイルス感染症対策にはやはりワクチンによる予防です。感染する前にワクチネーションを行う必要がありますが、ウイルス性ワクチンは一般的によく効きます。
ウイルスの構造が単純だから、それに対抗する免疫もきちんとできるのでしょう。
なお、ウイルス感染症に抗生物質を使うことがありますが、ウイルスそのものには効果はありません。ウイルス感染に引き続き起こる細菌感染を防ぎ、症状が重くならないようにしているのです。

細菌を駆逐する根治療法は抗生物質です。細菌感染症の強い味方です。
ウイルスには効果がない抗生物質も細菌には劇的に効きます。ただし、抗生物質に対抗する耐性菌出現が問題になります。今まで効果のあったXという抗生物質も、Xに抵抗できる力を獲得した細菌(Xに対する耐性菌)には効かなくなるのです。
人間と細菌の知恵比べ、あるいは抗生物質開発と耐性菌出現の“イタチごっこ”の様相があります。耐性菌の出現を“細菌の逆襲”と名付けた人もいます。

細菌へのもう一つの対抗策はワクチンによる予防です。
細菌の構造は複雑で、生きのびる手段も巧妙です。ワクチンで免疫してもなかなか完璧とはいえません。ワクチンの効き目はウイルス性ワクチンほど劇的ではありません。さらに細菌が産生する毒素による副反応も問題です。一筋縄ではいかないのが細菌性ワクチンです。

【よもやま話】

「ウイルス性ワクチンはよく効く」はずでした。しかし、最近は様相が違ってきました。
ワクチンによって作られた免疫をうまく潜り抜けるウイルスの出現です。
すばやく変化したり(ウイルスの変異)、免疫系そのものを攻撃したり、免疫力が強い時には潜んでおいて弱まると再度騒ぎ始めたりするウイルス(潜伏感染性ウイルス)が問題児です。

生(なま)ワクチンと不活化(ふかつか)ワクチン

ワクチンは、使用されている病原体が生きているか、死んでいるかで生ワクチンと不活化ワクチンに大別されます。生きた病原体を使うのが生ワクチン、死んだ病原体を使うのが不活化ワクチンです。犬用ワクチンでは生ワクチンと不活化ワクチンを混ぜて使用することもあります。

【生ワクチン】

生きた病原体を使用しますので、病気を起こしてしまうほど強い病原体は困ります。
それで病原性を弱める操作を施します。これを「弱毒化」といいます。

弱毒化にはいろんな方法がありますが、ウイルスの場合 試験管内の細胞などで何代も継代する方法が一般的に用いられます。

継代することにより突然変異が起こり、犬に対して病原性が低くなるのです。継代のころあいを見計らってワクチン製造用株とします。

このころあいを誤ってしまうと、安全性は高いが効き目が低い“水のようなワクチン”、逆に効き目は高いが安全性にやや問題を残し、使い方に注意しなければならない“ピリ辛ワクチン” になることもあります。弱毒ウイルスを作り出すには多大な労力と時間を要します。
最近は遺伝子工学技術で人工的に弱毒ウイルスを作ることも試みられています。

生ワクチンの効き目は早く現れ、長く続きます。
また、液性免疫とともに細胞性免疫も誘導でき、総合的な予防効果が期待できます。

移行抗体の影響がなければ、1回だけの接種で十分な免疫を与えることができます。
自然感染経路から接種すると局所免疫(鼻粘膜、気管、腸管など局所で働く免疫)も誘導できます。ただし、日本で市販されているワクチンには自然感染経路から接種するワクチンは現在のところありません。全て皮下接種か筋肉内接種です。

こう聞きますと生ワクチンはよいことばかりのようですが、そうはいきません。
犬の感受性、健康状態にもよりますが、生ワクチン接種で発病する危険性があります。
他の犬に伝染することもあります。

また、製造原料、あるいは製造工程中に他の危険な病原体が混入する場合もあります(業界用語では迷入といいます)。既に知られている病原体であれば、品質管理検査で発見することもできます。しかし、未知の病原体は現状の検査システムでは検知できません。

【不活化ワクチン】

増殖させた病原体を薬品などで殺したワクチンが不活化ワクチンです。
病原体から有効抗原だけを取り出したり、あるいは遺伝子工学を駆使して人工的に有効抗原を作り出したりして、製造したワクチンも不活化ワクチンの一種です。有効抗原だけから成るワクチンをコンポーネントワクチン、サブユニットワクチンとも呼びます。

不活化ワクチンは免疫の成立がやや遅く(効き目が直ぐには現れない)、持続も短いのが特徴です。この不活化ワクチン接種では主として液性免疫が誘導されます。

強固な免疫を得るためにはアジュバント(免疫増強物質)の添加が必要な場合が多く、少なくとも2回は接種しなければなりません。生ワクチンでは体内で病原体が増殖しますのでワクチン中の抗原量はそんなに多くは必要ありません。

しかし、不活化ワクチンでは体内での増殖がありませんので、大量の抗原を接種する必要があります。このためアレルギー反応を起こしやすい弱点があります。なんとなく生ワクチンと比較して劣るように思えますが、なにせ製造工程中に病原体を殺す操作をしますので、発病の危険性、他病原体の迷入の危険性がありません。つまり安全性が高いのです。

さらに移行抗体の影響も比較的受けにくく、二次免疫応答を強く誘起することも長所です。
保存性がよいのも特長です。弱毒化が困難な病原体でも不活化ワクチンにはすることができます。

生ワクチン、不活化ワクチンにはそれぞれ長所・短所があります。
これを知った上で上手に使用することが大切です。

単味ワクチンと混合ワクチン

抗原(病原体)を一つだけを含んでいるワクチンを単味ワクチン(または単価ワクチン)といいます。いくつかの抗原を含んでいるワクチンを混合ワクチン(または多価ワクチン)といいます。

混合ワクチンは一回の注射で複数の感染症を予防できます。
犬への負担が少ないことから、動物病院の先生も飼主さんも混合ワクチンを望まれることが多いようです。実際、日本でも混合ワクチンが主流になっています。諸般の事情から単味ワクチンが用意されている感染症もあります。

日本で市販されている単味ワクチンは狂犬病ワクチンとパルボウイルス感染症ワクチンです。狂犬病は死亡率が高く、人獣共通感染症です。法定伝染病に指定されています。
国家防疫上、最重要な感染症ですし、飼主さんにワクチン接種が義務付けられています。そんな理由から狂犬病ワクチンは単味ワクチンだけが流通しています。
パルボウイルス感染症ワクチン(生と不活化があります)は、移行抗体の影響を受けやすいワクチンです。単味ワクチンでの追加接種が必要な場面もあります。

混合ワクチンにはいくつかの組み合わせがあります。
組み合わせにより番号を付した商品名になっていることもあります(例えば○○5、○○8など)。この番号は予防できる感染症の数を示しています。

実はワクチン中の抗原の数はその番号より一つ少なく○○5では4つの抗原、○○8では7つの抗原が含まれています。けっして誇大広告ではありません。CAV-2が一つのウイルスで二つの病気(肝炎と喉頭気管炎)を予防できるからです。

抗原数ワクチンに含まれるウイルス・最近
2CDV+CAV-2
3CDV+CAV-2+CPIV CDV+CAV-2+CPV
4CDV+CAV-2+CPIV+CPV
5CDV+CAV-2+CPIV+レプト2株 CDV+CAV-2+CPIV+CCV
6CDV+CAV-2+CPIV+CPV+レプト2株
7CDV+CAV-2+CPIV+CPV+CCV+レプト2株
8CDV+CAV-2+CPIV+CPV+CCV+レプト3株

CDV:ジステンパーウイルス
CPIV:パラインフルエンザウイルス
CCV:コロナウイルス
CAV-2:アデノウイルス2型
CPIV・CPV:パルボウイルス
レプト:レプトスピラ

【よもやま話】

最近、米国では「主たるワクチン(=コアワクチン)と補助的ワクチン(=ノンコアワクチン)」という考えが提唱されています。コアは、core、つまり芯(中心)という意味です。犬の一生を考え、それぞれのワクチンによる免疫持続、健康診断の重要性等を総合的に検討し、混合ワクチン全盛のワクチネーションをコアとノンコアワクチンに大別しつつ見直そうという動きです。実際面になりますといろんな要因を考えながらになりますが、近い将来のワクチネーションを考える上で参考になります。

「犬のコアワクチンは、ジステンパー(CDV)、パルボウイルス(CPV)、アデノウイルス(CAV)及び狂犬病(RV)ワクチンである。ノンコアワクチンはパラインフルエンザ(CPIV)、コロナウイルス(CCV)、レプトスピラワクチンである。子犬(初年度)には必ずコアワクチンを接種すること、そして3か月齢以上で最終接種を行うことを推奨する。ノンコアワクチンは、リスクが高い犬、あるいはリスクが高い地域で必要とされるワクチンである。例えば、ブリーダーの犬、頻繁にショーに出品する犬、ペットホテルに預けることが多い犬などには、コアワクチン以外にCPIVワクチンが必要となり、レプトスピラの常在地では同様にレプトスピラワクチンが必要となる」

米国の専門家はさらに以下のような提言をしています。

「1歳齢時に初年度に使用したワクチンを追加接種し、その後は一つの感染症について3年に1回の追加接種を推奨する。ただし、ワクチンの組み合わせを考えて、毎年来院させて、健康診断と必要な組み合わせのワクチンを追加接種するようにプログラムを考えるべきである」

米国の状況をそのまま日本に当てはめるわけにはいきません。日本の場合、狂犬病は年1回の接種が義務付けられていますし、免疫持続の短いワクチン成分(抗原)もあります。また、コアとノンコアを考えての組み合わせは残念ながら用意できていません。どんな組み合わせをどれくらい準備すればよいのかも見当つきません。メーカー側の苦悩の一つです。

コアワクチンの概念でのワクチネーションプログラム見直しには、もう少し時間がかかりそうです。少し難しくなりますが、学者の論理、行政(=国)の論理、企業の論理、臨床家の論理、飼主の論理を融合させ、かつ満足させる必要があります。安価なワクチンの品揃え、抗体価測定等のバックアップ体制の充実、あるいは簡易な検査キットの開発、さらに健康診断(免疫レベルの把握も含む)を重要な業務の一つとした病院経営など、広範囲に踏み込まないと現実のものにはならないのかもしれません。