翔ちゃん先生の犬の飼い方コラム

第19話

免疫・感染症・ワクチン

様々な感染症

2.ジステンパー

【原因ウイルスとその性状】

ジステンパーはモービリウイルス属の犬ジステンパーウイルス(略してCDV:Canine Distemper Virus)によって起こるウイルス性の感染症です。動物病院では略して「テンパー」と呼ばれることもあります。モービリとはラテン語の“病気(morbus)”が語源です。ジステンパーは犬の病気中の病気といえるのかもしれません。

「なんだか調子が悪そうだなあ」と思っていると、瞬く間に重篤になります。死亡率が高く、犬にとって最も怖い感染症の一つといえます。ワクチンが普及するにつれ、最近はあまり見かけなくなりました。しかし、ちょっと油断すると突然大流行する感染症です。油断禁物です。
ジステンパーウイルスに感染した犬の鼻汁、唾液、目からの分泌物、血液、尿にはたくさんのウイルスが含まれています。それらに接触することにより、容易に病気がうつっていきます。つまり強力な伝播力を持ったウイルスなのです。症状を示している犬には近づかないことが賢明です。

ジステンパーが多く見られるのは一般的には母子免疫が低下してきた時期(3~4か月齢)の子犬です。

他の感染症でも同様ですが、「散歩と他の犬との接触はワクチン接種が済んでから」といわれる理由がここにあります。ジステンパーに罹りやすいとされる犬種がいます。グレイハウンド、ハスキー、サモエド、マラミュートなどです。北方犬種にとってジステンパーは要注意なのかもしれません。
なお、ジステンパーウイルスに感染した犬が全て病気になるわけではありません。実は半数以上は飼主さんが気付かないまま回復してしまいます。

このような感染、つまり症状が出てこない感染を「不顕性感染(ふけんせい・かんせん)」といいます。症状が出てくる感染は「顕性感染(けんせい・かんせん)」といいます。

ステンパーウイルスは人の“はしか=麻疹”の原因ウイルスと親戚です。
感染の成り立ちも、症状もよく似ています。

“はしか”を連想しながらジステンパーを眺めるとよく理解できます。
そうそう、日本では市販されていませんが、人の“はしか”ウイルスをジステンパー予防ワクチンとして用いることもできます。

ジステンパーの予防には昔は不活化ワクチンが使われていましたが、現在は病気を起こす力を弱めたウイルス(弱毒ウイルス)を使った生ワクチンに変わりました。

とても良く効くワクチンです。
ただし、母子免疫(母犬からの移行抗体)があるとワクチンの効き目が弱められることがあります。子犬がきわめて高いレベルの移行抗体を持っているときにワクチンを接種しても効果を現してくれないこともあるのです。

ジステンパーは接種時期・方法を誤るとワクチンでのコントロールがなかなか難しい病気といえます。満1歳までのワクチン接種では、的確な時期に、さらに複数回繰り返し接種することで、危険時期を回避しつつ基礎免疫をしっかりとつけることが大切です。

【症状】

ジステンパーに罹った犬にはありとあらゆる症状が見られます。
一般状態の悪化、結膜炎などの目の症状、鼻汁などの呼吸器症状、嘔吐・下痢などの消化器症状と極めて多様です。人の“はしか”とまるで同じです。

運が悪いとついには神経症状を示すようになり、それらの90%は死に至るとされています。
それから足の裏などが硬くなるのも特徴的な症状(ハードパッド)です。

症状を表にまとめておきます。

症状 具体的に
一般状態の悪化 発熱、元気・食欲の低下
呼吸器症状 咳、くしゃみ、鼻汁
消化器症状 嘔吐、下痢
目の症状 結膜炎(充血、流涙、目やに)
神経症状 運動失調、震え、痙孿など
その他 ハードパッド

ジステンパーウイルスの犬体内での増殖と症状には密接な関係があります。
主として呼吸器系から体内に侵入したウイルスは、まずリンパ系組織(リンパ節、胸腺、脾臓など)で増殖します。初期発熱がみられます。リンパ球の減少もみられます。
でも、この段階で飼主さんが気付くことはほとんどありません。

いろんなリンパ系組織で増殖したウイルスは血液中の白血球(リンパ球など)に乗っかって全身へと広がります。血液中にウイルスがいる状態を「ウイルス血症」といいます。ジステンパーでは感染後約1週間でウイルス血症がみられます。

犬の免疫系が十分に働くとウイルスは排除され回復に向かいます。
ところが免疫系の働きが不十分だとウイルスは全身のあらゆるところに広がっていきます。
こうなると、高熱が出て、元気がなくなり、結膜炎、嘔吐、下痢、呼吸困難などが見られます。

当然ながら飼主さんはあわてて動物病院に担ぎ込むことになります。
残念ながら飼主さんが気付く頃にはウイルスは全身にばら撒かれ、あとは犬の免疫系が十分に働いてくれることを神に祈るだけとなります。ワクチンによる予防の重要性を痛感させられます。

さて、リンパ系組織は内なる監視システム=免疫が主任務の組織です。
ジステンパーでは免疫を担う組織がやられますので、ウイルスの暴挙を許すことも多く、運が悪いと死に至ります。幸運にも死を免れても中枢神経にウイルスが潜み、後日、神経症状を示す場合があるのでやっかいです。この性状も“はしか”とよく似ています。

感染後の日数

0日
【犬体内での増殖】
・呼吸器系より体内に侵入
・リンパ系組織で増殖
・ウイルス血症により全身へ
【臨床症状】
・初期発熱、リンパ球減少

7日
【犬体内での増殖】
・全身の組織に拡大
【臨床症状】
・高熱、結膜炎、食欲低下、嘔吐、下痢、呼吸困難

14日
【犬体内での増殖】
・中枢神経系に拡大化
【臨床症状】
・元気消失、震え、痙攣、瀕死状態

20日以上
【臨床症状】
死亡

【よもやま話 1】

「最近流行しているジステンパーウイルスはこれまでとは少し異なっている」との報告があります。ウイルスが変わってきているのです(ウイルスの変異)。ワクチン普及への対抗手段として、ウイルス側も防衛策を講じ始めたといえます。子孫繁栄のための対抗手段です。幸い、今のところ大きな変異ではありません。現行の市販ワクチンで十分に予防できます。しかし、将来はわかりません。ウイルス側がもっと変わってくるとワクチンが効かなくなることがあるのかもしれません。

【よもやま話 2】

ジステンパーウイルスは、犬科動物ばかりでなく、大型猫科動物(ライオン、トラなど)、イタチの仲間(フェレット、ミンクなど)にも感染します。さらにとてもよく似たウイルスがアザラシ・イルカなどの海獣類にも感染するようです。タンザニア・セレンゲティ国立公園でのライオンでの大流行、バイカル湖アザラシの大量死がニュースになったこともあります。
伴侶動物の仲間入りをしたフェレットにもジステンパーワクチン接種が必要なのかもしれません。しかし、残念ながらフェレット用ワクチンは市販されていません。犬用ワクチンが転用されることがあるようですが、フェレットに対する安全性は十分には確かめられていません。個人的な感想ですが、一部の犬用ジステンパーワクチンはフェレットには強すぎるのかなと思っています。

3.アデノウイルス感染症

【原因ウイルスとその性状】

二つの病気がそれぞれ特定のアデノウイルスで起こります。総称してアデノウイルス感染症です。二つの病気と書きましたが、その一つが伝染性肝炎です。

肝炎は人の世界でも怖い病気ですが、犬の世界でも死亡率が高いことから恐れられている感染症です。

もう一つが伝染性喉頭気管炎です。これは犬の風邪の一種と考えていただいて結構です。

さて、二種類のアデノウイルスですが、 一つは犬アデノウイルス1型(略してCAV-1:Canine Adeno Virus type1)です。 これは伝染性肝炎の原因ウイルスです。

もう一つが犬アデノウイルス2型(略してCAV-2:Canine Adeno Virus type2)です。
伝染性喉頭気管炎の原因ウイルスです。

アデノウイルス感染症の予防には生ワクチンが使われます。単独で用いられることは少なく、多種類を混ぜた混合ワクチンがほとんどです。

これらのワクチンの中に含まれるアデノウイルスはどういうわけか一種類です。そして一種類のアデノウイルスで二つの病気を予防できます。その話は「よもやま話」に書くことにします。

【症状】

3-1 伝染性肝炎

感染率及び死亡率が高い怖い病気です。その症状には別表のようないくつかの型があります。回復期の初期には角膜が混濁して眼が青く見える「ブルーアイ」が認められることがあります。これも特徴の一つです。

原因ウイルス(CAV-1)は口や鼻から侵入してきます。ウイルスがまず取り付く臓器は扁桃腺です。 扁桃腺で増えて、次に首のリンパ節でさらに増殖し、感染後約4日でウイルス血症を起こします。 そうなると全身へ拡大していきます。特に眼、肝臓、腎臓がやられます。 ウイルスの拡大につれて症状が見られるようになりますが、飼主さんが気づくのは感染後約1週が過ぎてからです。 腎臓にはウイルスが長く残っています。6~9か月間も尿中に排泄されることがあるそうです。

3-2 伝染性喉頭気管炎

喉頭と気管、つまり呼吸器系が原因ウイルス(CAV-2)の増殖場所です。
このため感染した犬は風邪症状を示します。発熱、食欲不振、咳、鼻汁などが主な症状です。通常はこの病気で死ぬことはありません。

しかし、ジステンパーウイルスが一緒に感染したり(混合感染)、細菌があとから侵入したり(二次感染)すると、病気が重くなり、死亡することもあります。ケンネルコフという病名があります。ケンネルは犬小屋、コフは風邪です。多頭飼育の犬に見られる集団風邪の総称です。ケンネルコフはいくつかの病原体の複合感染なのですが、CAV-2も原因ウイルスの一つとして名を連ねています。

【よもやま話】

アデノウイルス感染症には二つの病気があることはすでに紹介しました。二つの病気ですので、それぞれにワクチンが必要なように思えます。しかし、実際は違います。市販ワクチンには毒力を弱めたCAV-2だけが入っています。CAV-2ワクチンを注射しておくと、伝染性肝炎及び伝染性喉頭気管炎の二つの病気が予防できるのです。 市販ワクチンに「○○○5」とか「○○○8」とか番号がついたものがあります。これは予防できる病気の数を示しています。ワクチンの中に入っている抗原(犬に免疫を与える素)の数はそれより一つ少ないのです。かといって、不当表示ではありません、くれぐれも誤解されませんように。

番外編 犬糸状虫症

季節物ですので、番外編として「犬糸状虫症」を紹介します。
「フィラリア」と言った方が通りがよいかもしれません。
初夏になると「フィラリア予防、始めた?」が合言葉です。

【原因】

名前どおり糸のような細長い寄生虫=犬糸状虫(Dirofilaria immitis)が原因です。
心臓(右心室)、肺動脈(心臓から肺への大きな血管)に寄生します。
予防薬が普及する以前は犬の主たる死因に数えられていました。

犬糸状虫症は蚊によって媒介されます。蚊の体内で発育した幼虫が吸血とともに犬の体内に入ることで感染します。感染する期間と気温には密接な関係があります。
ある気温以上になると、幼虫が蚊の体内で発育できるようになりますし感染もできるようになります。当然ながら蚊が生存できる気温であることも前提条件です。
温暖化が進むと感染期間も長くなるのかもしれません。

ほとんどの場合が無症状でゆっくりと病気が進行します。ある程度進行すると、咳が見られるようになります。その後、元気・食欲の低下、被毛の粗剛化(毛につやがなく、ゴワゴワした状態)が見られます。
病気が重くなるとおなかに水が溜まる(腹水の貯留)ことがあります。
いずれも循環器系と呼吸器系の障害による症状です。

病態が急激に悪化することがあります。急性糸状虫症=大静脈症候群(vena cava syndrome)です。
成虫(成熟した糸状虫)が移動し、血流が極端に悪くなることにより発症します。成虫が多数寄生している犬に起こります。突然、食欲が全くなくなり、呼吸が速くなり、脈も乱れます。赤い尿(血色素尿)が見られることもあります。直ちに治療をしないとそのまま死んでしまいます。

糸状虫が動脈から末梢血管に移動し、その血管を塞いでしまうことがあります(「栓塞=せんそく」)。塞がれた血管が栄養を与えている部位に麻痺などが見られます。後肢、下半身に麻痺がでることが多いようです。

【予防法】

犬糸状虫症にはワクチンはありません。
しかし、「検査→治療→予防」が確立されています。
まず、糸状虫に感染しているかどうかを検査します。
血液中の糸状虫の幼虫(ミクロフィラリア)の有無、あるいは成虫の排泄・分泌抗原を調べて診断します。診断キットで簡単に、かつ短時間で診断することが可能になりました。

「糸状虫の寄生なし」と診断された場合(フィラリア陰性)は簡単です。
定期的に予防薬を与えればよいのです。
昔は毎日投薬でしたが、技術の進歩でそれが1か月に一度になり、さらに半年に1回という製品も出てきました。

「予防薬の普及で寄生率は低下してきたが一定程度以下には寄生率が低下しない」との報告もあります。
「飲ませることをつい忘れてしまった」「飲ませたつもりだったのに、知らぬうちに犬が吐き出していた」などが原因です。
予防薬は、定期的に、そして確実に服用させるようにしてください。きちんと服用させるとその効果はほぼ100%です。

フィラリア陽性と診断された場合、まずは駆虫しなければなりません。といっても、ことはそれほど簡単ではありません。成虫は右心室、肺動脈に寄生しています。
これを薬で殺しますと、死骸が残り、心臓、肺につまってしまいます。
駆虫が原因で死亡することもあります。駆虫は慎重に慎重に行わなければなりません。
外科的手術で成虫を吊り上げて除去する方法もありますがこれも危険を伴います。やはり予防が大切なのです。

「忘れていませんか、フィラリアの予防薬」

【よもやま話】

蚊には夜間吸血性の蚊と昼間吸血性の蚊がいますが、いずれにしても吸血性が高まるのは日暮れ時と明け方です。糸状虫が寄生している犬の血液中にミクロフィラリアがたくさん現れてくるのは、午後4時~翌日午前10時です。蚊の吸血時間帯とミクロフィラリア出現時間帯がぴったり一致します。生物の不思議さを感じる性質です。
ミクロフィラリアのこの性質を定期出現性、あるいはツルヌスといいます。

4.パルボウイルス感染症

【原因ウイルスとその性状】

パルボウイルス感染症の原因ウイルスは、犬パルボウイルス(略してCPV:Canine Parvo Virus)です。自然界では最も小さなウイルスの一つです。実は二種類のCPVが存在しています。CPV-1とCPV-2です。

CPV-1は、病気を起こすことがないか、あるいは起こしても軽い下痢を起こす程度です。
一方、CPV-2は主に6か月齢未満の子犬に激しい下痢を起こし、最悪のケースでは死亡させることがあります。一般的には、CPV-2によるものをパルボウイルス感染症と称しています。故にここではCPV-2についての話をすることにします。

CPV-2は1978年に突如として世の中に現れました。子犬がバタバタと死亡する事態が起こりました。

当初は原因がわからず「ポックリ病」「コロリ病」と呼ばれました。その後、瞬くうちに世界中に広がりました。

子孫ウイルスが糞便中に排泄され(1g当たり1,000万個以上)、これが感染源となって流行が拡大します。さらに、消毒薬に極めて強く、犬の体を離れても5か月以上も生存できる抵抗性を持っています。このことが短期間に世界中に蔓延した理由の一つだと思われます。

「一度CPV-2が侵入すると消えることはない」といわれるくらいです。
幼犬を多頭飼育する所、例えばブリーダー、ペットショップなどで最も恐れられている感染症の一つです。

日本では1979年初頭に東京地方で初めての流行が確認され、その後全国的に広がってしまいました。当時、ワクチンは市販されていず、緊急輸入でしのぎました。

近年はワクチンが普及してきました。しかし、この病気を撲滅することはなかなか困難なことです。ウイルスが強い抵抗性を持っていることと、移行抗体のレベルが高いとワクチンの効き目が阻害されてしまうことが困難な理由です。母犬からもらった移行抗体は幼犬を守ってくれます。

しかし、そのレベルが高すぎるとワクチンが効かない場合があるのです。ワクチン接種が功を奏す前に野外ウイルスに感染してしまうことがあり、これを“免疫学的ギャップ”といいます。ワクチンでのコントロールが難しい理由がここにあります。

CPV-2は容易に変異を起こします。米国では、1978年にCPV-2が流行し、1980年には少々異なったCPV-2aが現れ、1984年にはさらに変化したCPV-2bが現れました。

その病原性(病気を起こす力)はどんどん強くなっているようです。日本でも同様です。最近はCPV-2cの出現も話題になっています。現行ワクチンはCPV-2で作られています。幸い、少々変化したウイルスにも効き目があります。

なお、つい最近、CPV-2bで作られたワクチンが承認されました。

【症状】

他のウイルスと同様、CPV-2の体内での動態と症状には密接な関係があります。
8週齢未満の新生子犬が感染した場合と8週齢以上の犬が感染した場合に分けて、その症状を紹介します。

新生子犬が感染した場合
突然、元気・食欲がなくなり、瞬くうちに死亡してしまうことがあります。2週齢未満の新生子犬が感染した場合に主に起こります。ウイルスが心臓の筋肉に取り付き、心筋炎を起こしてついには死亡させてしまうのです。
妊娠犬が感染した場合には生まれてきた子犬に影響が出ます。新生子犬が感染した場合と同様の症状で死亡します。このような症状ですので「心筋型」といわれています。
ワクチンの普及により、新生子犬は移行抗体の恵みを受けますし、妊娠犬が感染することもなくなりました。今では心筋型を見ることはほとんどなくなりました。

8週齢以上の犬が感染した場合
ウイルスは口・鼻から侵入し、近くのリンパ節、扁桃腺などでまず増殖します。感染後1~5日にはウイルス血症が起こります。その後、ウイルスは主として小腸で増殖し、血の混じった激しい下痢が見られるようになります。これに細菌が二次感染しますと病状は悪化し、ついには死に至ります。
このような症状ですので「腸炎型」といわれています。
激しい嘔吐、脱水症状も特徴の一つです。当然ながら、高熱を発し、元気・食欲も全くなくなります。また、ウイルスがリンパ系組織、骨髄を襲い、免疫系を混乱させることもあります。

【よもやま話】

CPVはどこから来て、どこに行こうとしているのかの話です。
猫に汎白血球減少症という病気を起こすウイルス(FPLV:Feline panleukopenia virus)がいます。実はこれがCPVの起源と考えられます。猫のウイルスがいつのまにか犬のウイルスになってしまったのです。その変遷は以下のように考えられています。
「猫のFPLVがキツネ等の犬科動物に感染し、CPVの祖先が生まれた。その祖先ウイルスが偶然に犬に感染し、さらに犬の間を渡り歩いた。そしてついにCPVとなり、犬に対して強い病原性を持つようになった」
すでに本文で紹介しましたが、CPVは病原性を増しながら進化(変異)しています。最初はCPV-2でした。しかし、遺伝子が少しばかり変化してCPV-2aとなり、さらにCPV-2bへと進化しました。もっと進化する兆しもあります。日本でも最初の流行はCPV-2でしたが、CPV-2aに変わり、そして現在はCPV-2bが主流ではないかといわれています。なお、CPV-2はFPLVを起源と考えられていますが、猫に感染することはありません。進化形のCPV-2a及び2bは猫にも感染します。

5.パラインフルエンザ

【原因ウイルスとその性状】

パラインフルエンザの原因ウイルスは
犬パラインフルエンザウイルス(略してCPIV:Canine Parainfluenza Virus)です。
ケンネルコフ(集団風邪)の主要病原ウイルスの一つです。病気の犬との接触、あるいは病気の犬からの飛沫により感染します。犬の品種、年齢に関係なく感染し、特に集団飼育されているところでは短期間に蔓延します。ワクチンは弱毒ウイルスを用いた生ワクチンが使われています。ただし、混合ワクチンの中の一成分です。

【症状】

犬体内に侵入したウイルスは呼吸器系(鼻粘膜、扁桃腺、咽頭、気管、肺など)で増殖します。ゆえにこの感染症の主症状は呼吸器症状です。CPIVだけが単独で感染した場合、その症状は軽く、軽い咳、ときに発熱くらいで回復することが多いようです。
しかし、他のウイルスや細菌がいっしょに感染(混合感染)すると重篤になります。元気・食欲がなくなり、発熱、咳、鼻汁などが見られ、経過が長くなります。死亡に至ることもあります。

【よもやま話】

ケンネルコフ=呼吸器症候群についてのお話です。伝染性気管気管支炎(略してITB:Infectious Tracheobronchitis)とも呼ばれています。ケンネルは犬の飼育場(ここでは集団飼育の意)、コフは風邪です。集団で発生することが多い病気ですので、犬が集まるところ(ブリーダー、ペットショップ、ペットホテル等)では注意したい病気です。

ケンネルコフの原因病原体は各種ウイルスと各種細菌です。主要な病原体は、ウイルスではCDV、CPIV、CAV-2、細菌ではボルデテラ・ブロンチセプティカ(Bordetella bronchiseptica)です。

ウイルスについては既に紹介していますので、ボルデテラ・ブロンチセプティカについて追加説明します。ボルデテラ・ブロンチセプティカ感染症は人獣共通感染症でもあります。豚を飼育している人にとっては馴染み深い病原体です。豚では「鼻曲がり=萎縮性鼻炎」の原因菌として有名です。養豚家に大きな経済的損失を与える感染症です。ボルデテラ・ブロンチセプティカに対する犬のワクチンは市販されていません。豚用のワクチンはあります。豚用ワクチンは原理的に犬に有効かもしれません。

6. コロナウイルス感染症

【原因ウイルスとその性状】

コロナウイルス感染症の原因ウイルスは犬コロナウイルスです(略してCCV:Canine Corona Virus)。

電子顕微鏡でウイルスを観察すると、表面に太陽のコロナのような突起物があります。
それでコロナウイルスと呼ばれています。コロナウイルスが最初に分離されたのは、伝染性腸炎が疑われた軍用犬の糞便からでした。1971年のことです。

その病原性、起病性(病気を起こす性質)については、まだまだよくわかっていません。
ある調査では日本の犬の約半数がCCVの感染を受けているとのことです。問題となるのはCCV感染に引き続きCPV(犬パルボウイルス)が感染したときです。

CCV感染で状態の悪くなった腸管にCPVが侵襲すると感染が増悪されてしまいます。
また、CCV感染に細菌が二次感染した場合には重篤になる場合もあるようです。生ワクチンと不活化ワクチンがあります。いずれも混合ワクチンの一成分です。

【症状】

コロナウイルスが単独で感染した場合はそんなに重い症状は見られません。軽度の元気・食欲不振、下痢、嘔吐などです。まれに起こる重症例では、水様性下痢が続き、脱水状態となり、ついにはショックを起こして死亡する例もあるようです。
CCV感染と同時、あるいは引き続いてCPVが感染すると、CPVの感染が重篤になります。
つまり、CCVが小腸にダメージを与え、そのダメージを受けた小腸ではCPVが強く感染してしまうと考えられています。CPVの単独感染よりCCVとCPVの混合感染の方が死亡率は高いといわれています。

【よもやま話】

「ウイルス感染を予防する」という概念の中に、「感染を阻止する」と「発症を阻止する:あるいは症状を軽減する」があります。いろんなワクチンがありますが、ウイルスの性状、感染の動態等により、感染予防型ワクチンと発症予防型ワクチンに大別できます。ワクチン屋の目標はもちろん感染予防型ワクチンですが、そう簡単にはいかないのが感染症です。
CCV予防ワクチンは発症予防型です。小腸でのCCVの増殖を抑制することはできますが、小腸でのCCV感染を完全に阻止することはできません。つまり、感染の程度を抑えて、結果として発症を軽減していることになります。

7. レプトスピラ病

【原因ウイルスとその性状】

犬のレプトスピラ病はレプトスピラ菌の感染で起こります。
細菌を形状から分類すると、球形(球菌:きゅうきん)、棒状(桿菌:かんきん)に大別されます。これに加えてらせん状の菌もいます。レプトスピラ菌はらせん菌です。らせん菌は菌体の回転数によって三つに分けられ、最も回転数が多い菌を俗にスピロヘータと総称しています。レプトスピラ菌もスピロヘータに属します。

レプトスピラ菌は一種類だけではありません。
多くの種類(血清型=serovar)があります。犬のレプトスピラ病として重要なものは、カニコーラ株とイクテロヘモラジー株(及びコペンハーゲニー株)です。カニコーラ株は犬に重篤な症状を起こすことで恐れられています。イクテロヘモラジー株及びコペンハーゲニー株は人のワイル病の原因菌でもあり人獣共通感染症です。

我が国の犬では秋疫A(オータムナーリス株)、秋疫B(ヘブドマディス株)、秋疫C(オースターリス株)の感染も知られています。これらは、犬への病原性は低いのですが、人へ伝播する可能性があります。公衆衛生上の注意が必要です。

レプトスピラ菌に感染した犬は尿中に長期間にわたって菌を排出します。回復した後でも数か月~数か年にわたって排出するといわれています。菌を含む尿で汚染された水、餌、食器等が感染源になります。
我が国では、二種類(カニコーラ株及びイクテロヘモラジー株)あるいはヘブドマディス株を追加して三種類で構成したワクチンが市販されています。いずれも不活化ワクチンです。

【症状】

症状をカニコーラ株感染とイクテロヘモラジー株感染とに分けて紹介します。

1) カニコーラ株感染
急性症タイプでは、嘔吐、脱水、虚脱(ぐったりした状態)があり、血の混じった便が見られることもあります。 死亡率が高く、症状が出てから36時間~4日で死亡してしまう例があります。 病勢が比較的ゆっくり進む亜急性タイプでは腎臓が侵されます。 体温が上昇して、元気がなくなり、嘔吐、血便も見られます。 重症例では昏睡状態に陥り、ついには死亡に至ります。

2) イクテロヘモラジー株感染
突然発熱して元気がなくなります。その後、体温が低下して、口の内外、結膜などに出血が見られます。
黄疸を伴う場合もあります。重症例は数日で死亡します。
亜急性タイプもあり、カニコーラ株感染の亜急性タイプと同様の経過をとります。

【よもやま話】

人と同様、動物でも極めて重要な、あるいは危険な伝染病は「法定伝染病」に指定されています。病気の発生が認められた場合は直ちに管轄官庁(家畜保健衛生所)に届け出なければなりません。法定伝染病に準ずる重要な病気は「届出伝染病」に指定されています。これも発生が認められた場合、家畜保健衛生所に届け出なければなりません。
犬の伝染病では狂犬病が法定伝染病です。犬レプトスピラ病も1998年に届出伝染病に指定されました。人獣共通伝染病であり公衆衛生上重要だと認識されたのです。レプトスピラ病と診断した獣医師は、速やかに最寄りの家畜保健衛生所に届け出ることが義務付けられました。