第44話
栄養と食事
今回から“食原病”、すなわち食事・食べ物が原因の病気を取り上げます。栄養上の疾病でいわば生活習慣病です。まずは昨今問題となっている肥満からです。
肥満は飼い犬に最も多く発生する栄養上の疾病です。適正体重の15%を超えた場合が肥満だそうです。実は体格、体構成によって標準体重は著しく異なりますし、雄は雌より大きいのが一般的です。大まかに考えますと、成犬(成熟)に達して1年以内に測定した体重を適正体重とするといいようです。ただし、子犬の頃から肥満でなければの話です。現代のような豊かな社会では、人間でも25%の方、つまり四人に一人が肥満です。そして、ある統計によれば、飼い犬の24~44%が肥満だそうです。逆に痩せた犬は3%未満です。
犬の肥満の発生率は加齢とともに増えていきます。4歳以下では10~20%、12歳以上では実に40%以上が肥満です。性別でみますと、雄より雌の発生率が高く、去勢(避妊)犬での発生率はそうでない犬の2倍くらいになります。肥満になりやすい犬種、逆になりにくい犬種もいます。飼い主が肥満、そして中高年だと、飼っている犬も肥満である傾向が高いそうです。飼い犬は運動不足気味になりますし、いろんな食べ物をもらう機会がとても多くなるからです。どうです、少し耳の痛い人が出てきたのではないですか。
肥満はいろんな疾患の引き金になります。
肥満犬は重い体重を支えなければなりません。背骨、関節などがどうしても傷みます。適正体重と実際の体重の差が大きいほど、運動器疾患の発生率は高まります。
過剰な肉体には過剰な組織があります。それだけ酸素要求量が増加します。特に運動時などに呼吸困難に陥ることがあります。
肥満犬は、程度の差はあれ、高血圧気味となります。高血圧は心臓・腎臓に負担をかけます。血の巡りも悪くなります。
肥満犬の手術はなかなか大変です。麻酔薬は脂肪組織に吸収されます。それだけ量を増やさないと手術はできません。麻酔薬が増量されると危険度が高まります。その上、肥満犬はその代謝が悪いのが一般的です。麻酔がクリアできても、脂肪が邪魔をして、細かい手術が困難ですし、傷の治りも悪いようです。
肝機能、抵抗力、繁殖能力が低下します。皮膚疾患、糖尿病も増加しますし、悪化させます。
肥満の原因はとても単純です。「食べる量が消費される量より多い」、それだけです。成熟動物の体重は、摂取エネルギーが消費エネルギーを7~9kcal超過するごとに1g増えるといわれています。また、必要カロリー量をわずか1%だけ超過した食事を与え続けると、中年になったときにはなんと体重が25%も超過します。25%超過は立派すぎる肥満です。ちょっとばかりのダイエットでは元には戻りません。
食べる量が消費される量より多くなる原因をいくつか取り上げてみます。
実は体の基本状態は空腹です。ゆえに基本的にたゆまない食物への欲求があることが自然です。満腹状態が基本ではありません。食事をするということで満腹感が得られ、食物への欲求が抑制されるのです。食事をすると、いろんな臓器からの満腹信号が脳(視床下部の満腹中枢)に行き、満腹感が得られます。そして「もうぼちぼちいいよ」という指令が脳から出てきます。ところが、この満腹信号が病的に傷害(例えば満腹中枢の発達不全、下垂体機能低下など)を受けることがあります。いつまでたっても満腹感が得られないということになります。
社会的圧迫は二つに集約されます。「他の犬に食事を取られたくない」、「飼い主に気に入られたい」の二つです。
二頭の犬に同時に食事を与えると、取られては大変とばかりに、普段よりよけいに食べます。これは自然の本能です。同一家庭内で多頭飼育されている場合は要注意です。
差し出された食物を食べると、「いい子ね、おいしい?」なんて飼い主から声をかけられ、「よしよし」と撫でてもらえます。「差し出された食物を食べると、優しい愛撫があったり、声をかけられたり、注目してもらったりできるんだな」と思い込みます。飼い主の方も食物を与えると犬が喜ぶからと思い込んでいます。愛情表現の一つだと誤解しています。とどのつまりが、与え過ぎて、食べ過ぎて、肥満になります。「肥満の犬は、その飼い主の身勝手さによる孤独な犠牲者であることが多い」という人もいます。
肥満の鍵を握っているのは飼い主です。飼い主が飼い犬に食べさせ過ぎることにはいくつかの理由があるようです。①飼い犬を人間と同じように扱っている、②好む食物だけに飼い犬を馴れさせ、満足させてしまっている、③飼い犬に必要な量を考えず、多量に与え、そしてそれを習慣として強制している、④犬が腹をすかし、食欲があることが、健康のバロメーターだと思っている(少しばかり食欲がないからといって、大騒ぎする飼い主はこれを信じています)、⑤飼い犬に寂しい思いをさせたという罪悪感から、あるいは留守番をさせるときのいい訳として、つい与えてしまう、⑥食事以外の菓子類等のカロリーを無視している(犬に“別腹”の考えは通用しません)、⑦散歩に連れ出すかわりに食物を与える(「雨が降っているね、今日はお散歩はなし。そのかわりジャーキーをあげるから・・」)、⑧十分な運動をさせない、⑨飼い主自身も肥満(飼い主が運動不足、必然的に飼い犬も運動不足。飼い主のおこぼれは高カロリー食物。その上、飼い犬の肥満をあまり気にしません)、などです。
嗜好性が高く、利用効率がよく、かつカロリー濃度が高い食物ほど、肥満が生じます。飼い主はフード購入の理由を嗜好性に求めることが多いようですし、メーカーも嗜好性には気を使います。結果として、嗜好性がどんどんと向上し、それに伴って肥満も増加し続けるのです。また、肥満の犬、肥満傾向の犬は、嗜好性には非常に敏感で、満腹感の自覚には異常に鈍いといわれています。つまりなかなか満腹感が得られず、必要量を超えて好きな食物を摂取してしまうという悪循環に陥ります。
嗜好性を高める要素の一つは脂肪です。その脂肪はカロリー濃度が高めです。さらに蛋白質や炭水化物より効率良く利用されます。まさに肥満にとっての三大悪がそろっているのです。また、食物中に砂糖が多く含まれている場合も肥満を招きやすいようです。
性別に関係なく、去勢(避妊)によって肥満の発生率は約2倍に増加するそうです。異性を求めての徘徊が減少し、結果としてエネルギー消費量が減少します。ところが習慣的に食べる量はそれ以前と変わりません。消費エネルギーより摂取エネルギーが多くなります。老齢犬の肥満も同じような理由によります。去勢(避妊)によって食べる量がさらに増えるということもあるようです。
さて、減量作戦です。健康上、問題が生じ始めるのは、理想(適正)体重の15%を超えたあたりからだそうです。そこに至る前から注意したいところですが、「すでに遅かりし」の飼い主さんがなんと多いことか。実は発育期に肥満を起こさせないのが、肥満にならないための大きなポイントです。そうかと言って過去に戻ることはできません。
減量作戦にはいろんなやり方があります。心理学的促進法、運動療法、食事管理、そして薬物、手術などです。薬物、あるいは手術による減量作戦はあまりお奨めできません。心理学・運動・食事管理の三つをうまく組み合わせながら、減量作戦を遂行するのが理想的だと思っています。
肥満の犬がいたとします。この犬を取り巻く全ての関係者が、「この犬は肥満だな、減量作戦が必要だな」ということを理解することが最も大切です。一人でも抜け駆けがいると、減量作戦はものの見事に失敗します。家族だけではありません。ご近所のかわいがってくれる人達にも協力してもらわなければなりません。「最近はいつもおなかをすかしているのね、かわいそうに。お菓子をあげるから、隠れて食べなさい」、なんていうとても親切なご近所さんは、実はありがた迷惑になります。
減量作戦の原点は「カロリー摂取量を消費量より少なくする」です。脂肪組織を1ポンド(=454g)減らすには3,500kcalが必要です。カロリー摂取量のコントロール、すなわち食事制限も必要ですが、エネルギー消費量が多くなれば相対的にカロリー摂取量が減って減量につながります。
エネルギー消費量を確実に増やすことができる・・それは運動です。人の場合ですが、運動によるエネルギー消費量は、平坦地のんびり歩行で2.6~4.9kcal/分、早足歩行で5~7kcal/分、ジョギングで7~12kcal/分です。犬もほぼ同様のエネルギー消費量だと思います。かといって、「ダイエットにはやっぱり運動だよな」と、突然運動量を多くすると、運動量に応じて食物の摂取量が増加します。これは悪循環です。運動の程度を徐々に増加させるのがポイントです。軽運動から徐々に中等度運動へとやっていくと、食物の摂取量には影響しません。また、運動は犬の精神状態も良好にします。
理想(適正)体重に戻ったからといって、すぐに運動をやめてはいけません。運動を続けることが必要です。体重が減少すると、同じ運動量に要するエネルギーは少なくてすみます。すぐに摂取量過多になってしまいます。また、運動をやめるとリバウンドが起こるといわれています。人間と同じです。なお、運動がいいといっても、著しく肥満の犬、心臓疾患・呼吸器疾患を持つ犬には注意が必要です。これらの犬には運動が危険を伴うこともあります。
食事管理ではプログラムに基づいたカロリー制限をしなければなりません。まず体重減量の目標を設定しましょう。目標とは理想(適正)体重ですが、初期には15%減が目標でもかまいません。次に目標達成までのおおよその期間を予想します。一定の条件下(高繊維質・低脂肪のフードを理想体重に必要なカロリー量の60%を給与)ですが、理想体重の15~20%超で5~7週間、20~30%超で7~9週間、30~50%超で11~13週間という報告があります。これは一応の目安です。さまざまな条件で短くなったり長くなったりします。
その他のポイントを箇条書きします。