第31話
病気
唾液は、唾液腺で継続的に作られ、口腔内に分泌されています。なんらかの原因で唾液が口腔内から溢れ、つまり “よだれ”が多い状況になることがあります。これが唾液過多です。大好物の食べ物を前にしたときのよだれ、元々よだれが多い犬種・・・これらは正常ですのでお間違いのないように。
唾液過多は若い個体で見られることが多いようです。唾液過多となる遺伝的な異常として門脈シャント・巨大食道があります。遺伝的疾患は早くからその兆候が見られます。また、若い個体では毒物・異物をむやみに口にすることが多く、その結果として唾液過多が見られます。好奇心と経験不足からでしょうが、若い個体に唾液過多が多い理由の一つとなっています。
唾液過多に先立ち、下記の兆候が見られることがあります。
最近は歯科疾患でしばしば現症がみられる事があります。 なかなか口の中の確認はしづらいものですので、気になる際はお早めにご来院ください。
“嚥下困難”とは難しい言葉ですが、物を飲み込むのが難儀な状態のことです。主として口腔・咽頭及びそれに関わる神経・筋肉の障害で起こります。遺伝的な嚥下困難は1歳未満で見つかり、後天的なものは老齢犬に多いようです。
嚥下困難の症状は、当然ながら食べ物が飲み込み難いことですが、よだれ、吐き気、体重減少、いつも空腹、咳(食べ物が気管に入りそうになって)、食べ物の逆流、飲み込む時の痛みなども見られます。なお、咽頭の障害による嚥下困難は徐々に進行しますが、異物による嚥下困難は急に起こります。
さて、嚥下困難の原因です。歯に痛みがあるとき、咽頭に膿瘍・ポリープ・腫瘍・異物があるとき、咽頭部に外傷・炎症があるとき、咽頭部の神経・筋肉に障害があるとき、咽頭部に麻痺があるとき・・・などです。咽頭部麻痺なんて狂犬病を思い起こさせますが、犬の狂犬病は日本では長く見られていませんので、すぐにそれを疑うことは杞憂かもしれません。
障害がある場所によって症状に特徴があります。 列記しておきます。
・口腔に障害:頭部をかしげながら食べることが多い 。
・咽頭に障害:食べ物の咀嚼は普通ですが、どうしても飲み込めず、いつまでも噛んでいたり、吐き気を催したりします。
・咽頭の奥に障害:飲み込もうと努力しますが、咳が出たり、飲み込んでもすぐに逆流が起こったりします。
動物病院では、「解剖学的に異常はないか」「異物はないか」「炎症はないか」「腫瘍や水腫はないか」「歯・歯肉に膿瘍がないか」「歯が欠損していないか」などが調べられます。原因が特定できれば、それに沿った治療が行われますが、同時に食事についても再考が必要になります。食べ物はなるべく小さく、柔らかくしてあげ、食事中は頭と首が上がるようにしてあげると飲み込み易くなります。食後も10~15分ほど頭を上げたままにすると良いようです。なお、食べ物が気管に入りやすくなります。誤飲性肺炎には要注意です。
人間のお年寄りの方同様、わんちゃんも高齢化に伴い、介護の場面で嚥下困難は重要な問題となってきています。何かお困りの際は、お気軽にご相談ください。
“吐き戻し”と“嘔吐”は区別します。嘔吐は食物が消化過程に入り(つまり胃くらいまで到達し)、その後口から排出されることです。吐き気が強く、食物は一部消化され、胆汁で着色していることもあります。一方、吐き戻しは、口腔、咽頭、そして食道になんらかの異常があり、その結果として食物が吐出される症状です。吐き気はそれほど強くなく、食べてすぐのことが多く、吐出された食物は泡・水分が混じりほとんどが未消化物です。
吐き戻しは猫より犬によく見られ、その原因は先天性と後天性に分けられます。
先天性、つまり遺伝的疾病として重大なものは巨大食道症です。巨大食道症は神経筋の神経支配の発達異常で起こるとされています。離乳後に固形物を与えて気づくことが多いようです。好発犬種、あるいは家系的に吐き戻しが多い犬種が報告されています。巨大食道症は全身性疾患の二次的症状として見られることもあります。
後天性の吐き戻しは、食道炎、食道に異物、食道狭窄のときに見られます。また、食道憩室(食道に小部屋ができる)、食道ヘルニア、胃・食道重積症の場合も吐き戻しがありますが、これらは先天性と後天性があるようです。
巨大食道症、異物、狭窄、憩室、ヘルニア、重積症などには外科措置が必要な場合もあります。十分に水分が取れずに脱水症状を示している場合は補液が必要ですし、栄養不足で体重低下が著しい場合は栄養補給が必要になります。吐き戻しの場合に特に注意すべきことは誤飲性肺炎です。重症例では死に至ることもあります。食事中、飲水中に頭を上部に保持し、食後も10~15分はそのまましておくことが推奨されます。また、食後すぐに散歩をさせることは控えなければなりません。
繰り返し吐き戻しをしている場合は、レントゲン検査をした方がよいと思われます。早めのご来院をおすすめ致します。
嘔吐は胃内容物が吐き出される状態です。急性と慢性に分けられます。急性嘔吐は突然始まり、長くても1週間以内に治まります。慢性嘔吐は1週間以上続きます。
急性嘔吐の原因としてすぐに考えられるのが、薬物・毒物(抗生物質、抗炎症剤、除草剤、毒性植物など)、感染症(パルボ、ジステンパー、コロナ:いずれもワクチンで予防できます)です。急を要するのは薬物・毒物の場合です。なるべく早く治療を受けなければなりません。
食物が原因のときもあります。例えば食べるのが早過ぎる、フードに異物が混入していた、フードを変更した、特定フードにアレルギーを持っている・・・などです。食事に関連した急性嘔吐が最も多いとされています。また、胃・十二指腸に潰瘍や腫瘍があるときにも急性嘔吐が見られます。その他尿毒症、肝障害、敗血症、アシドーシス(血液が酸性に傾く)、電解質のアンバランス、膵炎、腹膜炎、子宮蓄膿症、髄膜炎、頭部の外傷などでも起こります。
深刻な症状(例えば吐血、強い腹痛、元気消失、脱水など)がない場合は、病歴が尋ねられ、身体・口腔・直腸検査などが行われます。重要点が見られない場合は対症療法が施されます。すなわち、消化管を安静にするための絶食、低脂肪食を少量ずつ何回かに分けて・・・などです。ほとんどの急性嘔吐は一時的で急速に回復します。四、五日して普通の食事に戻します。
深刻な症状がある場合、嘔吐が重度である場合は、入院してさらに検査が必要ですし、診断結果に基づいた的確な治療を受けなければなりません。また、脱水・電解質のアンバランスあるときは補液(点滴)も必要になります。
急性の嘔吐の原因のなかで、異物誤食も多いです。 原疾患をしっかり見極めて対処しなければ命に関わる場合もあります。 早めに診させていただいた方がいいと思われます。
なかなか治らずに長く続くのが慢性嘔吐です。若い犬では異物を飲み込んでの場合が多いようです。成犬ではその原因は様々です。主な原因は胃腸疾患と代謝病です。吐き戻し、元気食欲低下、喉の渇きが伴えば胃の病気、下痢と体重低下が伴えば腸の病気、弱ってきて、尿が多くなり、黄疸などが見られる場合は代謝病が疑われます。
慢性嘔吐が多い犬種にはそれぞれに原因があるようです。短頭犬種は幽門部狭窄が多く、IBD(inflammatory bowel disease:炎症性腸疾患)、慢性肝炎が多い犬種も報告されています。
原因が特定されればその治療を行います。食事と飲水の制限もよく行われます。脱水症状もあるでしょうから補液・栄養補給が必要になります。薬物療法として抗潰瘍薬、胃酸分泌抑制薬、テレビCMで有名なH2ブロッカー、抗生物質、ステロイド、鉄剤などです。ただし、使用薬物は原因によります。
意外と皆さんご存知ないのですが、下痢よりも重篤な病気の可能性が高いのが嘔吐症です。 若い個体では異物による胃腸閉塞が多くみられます。逆に高齢だと腎臓・肝臓などの内臓疾患や 腫瘍などの割合が高くなります。単発の嘔吐の場合、経過観察とすることが多いですが、 嘔吐が続く場合にはご来院にて、血液検査やX線検査などの検査を進めてゆくことをお勧めしています。
血が混じった嘔吐が吐血です。鮮やかな色をした新鮮血、血の塊、一部消化された血(挽いたコーヒー豆状)などが排出されます。犬種・年齢・性別による差はありません。つまりどんな犬でも起こりうることです。
血の混じった嘔吐、食欲減退、腹痛が比較的共通した症状です。血液凝固障害がある場合は、血便、鼻血、血尿なども見られます。呼吸器疾患が原因の時は、呼吸困難、鼻血、喀血、咳なども見られます。貧血が原因の時は、可視粘膜が蒼白で、弱々しく、虚脱状態が見られることもあります。
吐血は様々な原因で起こりますが、非ステロイド性抗炎症剤(NSAID)の投与、咽頭から胃部の疾患、敗血症・循環血液減少によるショックが比較的多いとされています。
原因特定が最初ですが、一般的には入院しての治療が必要となります。薬物治療、場合により外科的治療が行われます。脱水症状の改善、酸-アルカリバラスの調整のために輸液も行われます。貧血がひどい場合は輸血が必要かもしれません。嘔吐が止まるまでは絶食させ、再開後の食事も少量から始めます。
吐血に関しては、原因は何であれ、重症な疾患が隠れているケースが多く考えられます。 症状がある程度進行してしまってからでは取り返しのつかない状況になってしまうこことも ありますので、出来るだけ早くご来院いただき、各種検査にて原因を追究した上での治療をお勧めします。