第23話
病気
「元気がないな、食欲もないな、鼻が乾いているな」は発熱の兆候です。
犬の体温は通常直腸で測定します。直腸温と言います。
健康な成犬の体温は37.8~39.3℃です。体温が40.5℃を超えると脱水状態となり、食欲も元気もなくなります。41.1℃を超えると、犬はぐったりしてとても危険な状態です。
なお、来院で興奮状態の犬の直腸温はやや高めになることもあります。それから子犬の体温は一般的に高めです。通常は40℃を超えた場合に何らかの処置が必要となります。
発熱の原因は様々です。
感染症(ウイルス、細菌、真菌=カビ、原虫)、免疫系の異常、内分泌・代謝系の異常、腫瘍、炎症、薬・毒物中毒などです。若い個体では感染症による発熱、老齢犬では腫瘍・腹腔内感染が原因の発熱が最も多いようです。
ワクチンによって基礎免疫がきちんと付与され、かつ定期的ワクチン接種を受けていれば、重大な感染症は予防できます。
ただし、ワクチンがない感染症もあります。
長寿犬が増えた昨今、問題になるのは腫瘍かもしれません。老齢犬の慢性的な発熱は腫瘍をまず疑ってもよいのかもしれません。
原因不明で微熱が続くことがあります。Fever of unknown origin=FUOと言います。それほど高熱ではありませんが(39.7℃以上)、発熱が14日間以上続きます。“原因不明”というくらいで、原因の特定がなかなか難しく、種々の検査が必要になります。
細菌感染による心内膜炎・臓器(例えば肝臓、膵臓など)膿瘍、慢性疾患の初期などが主たる原因とされています。 なお、腫瘍、免疫系の異常もFUOを誘発します。
発熱の治療には抗生物質、解熱剤、ステロイド(副腎皮質ホルモン)が使用されます。
ただし、命に関わる状態でないかぎり、いろんな薬剤が使用されることはありません。
解熱剤は命の危険があるときにしか使われませんし(発熱自体が防衛機構の一つです)、ステロイドの乱用もよくありません。これは人間世界と同様です。
人の場合は、発熱に対して自覚症状は「あれ、何かおかしいな?」「風邪引いたかな?」などがあって、今日は早く寝よう。無理しないようにしようなどと考えて実行することができますが、動物はこうは行きませんよね?重大な病気の予兆として発熱している可能性もありますので、普段と様子が違うなと感じたら早め早めの受診や、身体検査を受けて下さい。
低体温症は軽度、中等度、重度の三段階に分類されます。
軽度は体温が32~35℃で、元気がなくなり、震えなどが見られます。中等度になると体温は28~32℃に下がります。筋肉は硬直し、血圧は低下し、脈が細くなります。 呼吸も浅く、意識を失うこともあります。重度では体温が28℃以下で、心音もほとんど聞き取れませんし、呼吸困難となり、昏睡状態です。瞳孔も開いています。
寒い環境に長時間放置されるとどんな犬にも低体温症は起こります。
しかし、一般的には新生犬、幼若犬、そして老齢犬に低体温症が多いようです。若い個体は体温調節機能が未熟ですし、老齢犬ではその機能が衰えているのです。その他、悪液質に陥った犬、体温調節を行う視床下部に異変(腫瘍など)がある犬、甲状腺機能低下症の犬、代謝異常の犬でもみられます。
低体温症の原因は、病気もありますが、体温調節が追いつかないほどの寒さが一番です。
毛布などでくるんだり、湯たんぽをあてがったりして体温を上昇させる措置が取られます。
重度の場合は、外側からばかりでなく、体の内側からも温めます。例えば温めた溶液での胃洗浄、浣腸、そして静脈内への輸液です。暖かい空気を肺に送ってあげることもあります。
またアトロピン、抗不整脈剤などの投与も行われます。これはいわばショック状態に対する薬剤投与です。
犬に多くみられる甲状腺機能低下症について追加説明します。
視床下部-下垂体-甲状腺は協調的に働きます。どこかに異変があると甲状腺の機能は低下します(甲状腺ガンなどでは逆に亢進します)。4~10歳の中~大型犬の発症が最も多いとされています。
甲状腺機能低下症では、細胞の代謝が低下しますので、元気・食欲がなくなり、体温の維持が困難になります。病気が進行すると明らかな低体温症を示し、暖かい場所を求めるようになります。食欲不振ですので痩せるかというと、逆に体重が増加して肥満になる犬もいます。
皮膚にも痒み、脱毛などがみられます。
低体温症やはり冬場に多く経験します。持病を抱えていたり、何かしらかの原因で食べることができなかったりしたワンちゃんネコちゃんが、30℃前後の体温になりご来院いただくことも珍しくありません。しかし、残念な事におよそその半数が治療に反応せず、助けてあげることができない患者様です。特に高齢なワンちゃんネコちゃんをお飼いの飼い主様は、寒い日などには、可能な限り温かい環境を用意して、低体温症にならないよう心掛けてあげて下さい。
普段通りの生活をしているのに痩せてくることがあります。通常体重より10%以上の減少が見られるなら、それは異常と思わなければなりません。ただし、通常の体重(状態)がわかっていないと痩せてきたのか太ってきたのかがわかりません。日常の観察と定期的な体重測定をお奨めします。特に肥満犬の場合は少々痩せても気づかないことが多いようです。定期的体重測定が決め手です。
体重減少の原因は様々ですが、第一に上げられるのが不適切な食事、つまりカロリー不足です。どんなタイプのフードを与えているか、そのフードの保存期間は大丈夫か、嗜好性はどうかなどが重要な手がかりになります。低品質フードでは、食欲はあっても徐々に体重は減少します。また、老齢犬では嗅覚が衰えて食欲が落ちることもあります。体重減少は「食事を見直す」チャンスかもしれません。見直せば必ず気づくことがあります。なお、妊娠・授乳時にはカロリー不足から体重減少が見られることが多いようです。繁殖時に注意すべき点です。
胃腸疾患の症状(嚥下困難、吐き戻し、嘔吐、下痢など)があるかないかも重要な情報です。胃腸炎であったり、内部寄生虫が多数だったりすると、当然ながら栄養吸収が悪くなり、結果として体重は減少していきます。
その他の原因として、腫瘍、臓器不全(心不全、肝不全、腎不全など)などがあります。発熱を伴うなら、なんらかの感染症・炎症性疾患(免疫が関与する病気、膵炎、腫瘍など)が疑われますし、熱がないようであれば臓器不全による代謝異常が疑われます。フード以外の疾患が原因であればその治療が優先されます。
食事を減らしていないのにだんだん体重が減ってくる場合には、二つの事が考えられます。一つはその子にフードが適していないことやカロリーが合っていないなどの食事側の問題です。もう一つはその子が(ホルモンのバランスが崩れていたり、消化器系の疾患であったり、腫瘍や循環器系の問題などの)病気であることが考えられます。 そういったサインを見逃さない為にも普段から体重を測ってあげるようにしましょう。 当院では診察時はもちろん測りますが、健康診断で定期的に測ってあげる事をおすすめします。
犬が体を頻繁に痒がるようなら「何らかの皮膚疾患(アレルギーも含む)」が疑われます。我が家では、ダニの発生+高湿度の時期に痒がることが多いように思いますし、またこの時期に元々の皮膚疾患が悪化することもあります。痒みがあると、犬は患部を引っ掻いたり、舐めたり、噛んだりします。そして細菌感染が起こるとジクジクと化膿することもあります。「薬をつける→犬が舐める→なかなか治らない」の繰り返しになることも少なくありません。
犬の痒みの三大原因は、寄生虫、アレルギー、心的要因(ストレス)です。
寄生虫はノミ、ダニ、疥癬などが考えられます。アレルギーはそれこそいろいろです。寄生虫アレルギー、食物アレルギー、接触アレルギー、薬物アレルギーなどで、昨今はアトピーまであります。三つ目の心的要因は少々異なる原因です。あるストレスが引き金となり、自虐的行為が見られることがあります。例えば自分の尻尾の毛をむしるなどです。見た目には痒がっているようにも見えます。
三大原因の他に、脂漏症、皮膚石灰沈着症、皮膚ガン、そしていろんな皮膚炎も掻痒の原因です。
動物病院では、皮膚を採取して顕微鏡で観察したり、アレルギーテストをしたりして原因を探ります。原因が突き止められれば良いのですが、場合によっては原因不明のときもあります。そんなときは“診断的治療”が試みられることもあります。ある程度原因を推測して薬剤を投与し、効き目がないようなら別の原因を考え別の薬剤を使ってみるというやり方です。手探りで前に進むようですが、臨床的には有効な方法です。
掻痒の対処法は局所と全身に分かれます。局所には薬剤(抗ヒスタミン、ステロイドなど)をスプレー、ローション、クリームで塗布しますし、薬用シャンプー・薬浴が奨められます。全身療法はステロイド、抗ヒスタミン剤、そしてオメガ3とオメガ6(必須脂肪酸:リノレン酸、リノール酸)の投与です。心的要因による掻痒は行動学の分野です。犬を葛藤状態にするなんらかのストレスがあるはずです。そのストレスをなくす、影響する原因を取り除くなど、環境を整備してあげることが大切です。
皮膚疾患のベースとして各種アレルギーや心理的要因も多いと思われます。また、犬種独自の特徴(しわの多い短頭種、耳が大きい犬種など)によって、二次的に感染症を起こして痒みを発症していることも少なくありません。それらを考慮し、当院では上記薬剤に加えて抗生剤による感染症対策を行うこともあります。
全身が震えたり、局所(身体の一部)が震えたりすることを震顫と言います。局所と書きましたが、多発部位は頭部と後肢です。全身性と局所性(頭部・後肢)に分けて紹介します。
体全体の震えは幼犬と比較的若い成犬に多いようです。活動時に全身が震え、興奮するとよけいに震えます。休んでいるとき、寝ているときにはまったく見られなくなることもあります。原因は、ミエリン形成不全症(*ミエリンとは神経線維を保護する髄鞘を形成する物質です。髄鞘形成不全症とも言います)、有機リン化合物などによる薬物中毒、神経系組織の変性などです。ミエリン形成不全症は特定犬種に6~8週齢で見られることが多いと言われています。成犬になると軽快する個体もいるようです。幼犬に全身性の震えが見られたときはまず犬種が考慮されます。若い成犬では薬物中毒が最も疑われます。それから特発性(原因不明で突然発生)の全身性震えは白い体毛の犬種に多いようです。
頭部の震えは小脳の異常・脳炎など脳疾患が疑われます。遺伝的なものもあります。特発性の頭部の震えは特定犬種に多いとされています。なんらかの心的要因(例えば恐怖心)でも頭部の震えを見ることがあります。
後肢の震えは、腰椎と後肢へ向かう末梢神経に問題があることが多いようです。その他腰に痛みがある場合、腰が弱い場合、代謝異常(腎不全など)でも後肢が震えることがあります。後肢の震えは老化で筋力が弱ってきたときにも見られます。
抗生物質が有効な脳炎もあります。全身性の震えにステロイドが用いられることもあります。しかし、一般的には特効薬的な治療法はありません。興奮と運動は症状を悪化させます。制限が必要になることもあります。
動物に震えが見られたとき、それが「生理的な震え」(例えば寒さ、痛み、恐怖など)なのか、病気の症状なのかを見極めることが大切です。診察台の上ではどんな子も震えてしまうことが多いので、そこが難しいところです。病的な震えとしては、脳神経の病気で見ることがあります。その場合、最近ではMRI検査や脳脊髄液検査などでより詳しく検査することも可能となってきました。
突然具合が悪くなり、ふらふらしたり、嘔吐があったりして、かつ確たる原因が思いあたらない場合は、中毒がもっとも疑われます。もし急速に悪化するようであればすぐに動物病院に連れて行かなければなりません。重度の急性中毒の可能性があります。死に至ることもあります。中毒にはゆっくり進行して症状が出てくる“慢性中毒”もありますが、ここでは急性中毒を中心に話を進めます。
急性中毒の原因を大きく分類すれば、薬物中毒、有毒植物による中毒、動物・昆虫毒による中毒に分かれます。人間の不注意からの殺鼠剤・除草剤・駆虫剤による中毒があります。甘いもの大好き犬ではチョコレート中毒もあります。そして好奇心旺盛な犬ではヒキガエルの毒、毒蛇によるものもあります。
急性中毒では、体温を保つ、心肺機能を維持する、体液の酸-アルカリバランスを保つ、痛みを緩和する、中枢神経障害に対処するなどで全身状態を維持させることが大切です。救急救命が必要なほど重症の場合(ショック状態)には「ABCD」です。AはAirway:気道確保です。BはBreathing:呼吸の維持です。CはCirculation:血管を確保して循環維持です。そしてDはDrugで薬物投与です。いずれにしても動物病院での処置になります。
中毒の治療法を列挙します。全身状態を維持させながら、毒物を早く体外に出すことがポイントになります。残念ながら治療に関して飼主さんの出番はありません。獣医さんの領域です。飼主さんが出来ることは異常を早く発見し、早めに動物病院に連れて行くことです。
中毒と、その原因となる誤食(食べてはいけないものをのみこんでしまうこと)は、「何を、いつ、どの位の量」食べてしまったのかが、大切となります。かわいいわが子が急変している際にそこまで把握するのは難しい…と思われるかもしれませんが、その情報で治療が大きく変わることもあるので、来院前に1度確認していただくことをお勧めします。
失神とは、一時的に意識がなくなることです。痙攣とは異なり、なんの前触れもなく突然起こり、そして急速に回復します。脳に十分な酸素や他の栄養素が供給されないために起こる症状です。犬にも失神があります。老犬に多いようです。高齢の雌に多く、リスクの高い犬種もいます。
失神の原因は二つに大別されます。一つが心臓疾患、もう一つが神経系の障害です。なお、薬剤(心臓病の薬剤、利尿剤など)投与でも起こることがあります。血圧を下げ過ぎたことによります。注意しなければなりません。
心臓疾患では不整脈・心臓弁障害と心臓から送り出される血液量(心拍出量)の低下が考えられます。不整脈・心臓弁障害の犬では心機能が低下しています。安静時にはなんともなくても、運動・散歩をさせたときに失神しそうになったり、実際に失神したりすることがあります。運動・散歩中は体の酸素需要量が増加します。心機能の低下している犬では十分量の酸素を体の隅々まで供給することがとても出来ません。心拍出量の低下でも同様に酸素需要量に供給が追いつかずに失神が起こります。フィラリア症、腫瘍などが心拍出量を低下させます。
強いストレス・興奮があったときの失神は、迷走神経(内臓の感覚と運動を制御する神経)が刺激された結果によるものです。咳・嘔吐・排尿・排便のときにも失神が見られます。緊張によって心臓に戻る血液量が減少したり、迷走神経が刺激されたりした結果です。引き綱を急に強く引っ張ったときに失神が見られることがあります。首にある頚動脈洞を刺激した結果です。圧迫により一時的に頚動脈洞の血圧が上昇し、頚動脈洞は血圧を下げるよう脳へ信号を送ります。その結果として失神が起こります。
原因別に失神の治療薬もありますが、飼主さんができることは・・ストレスを与えない、異常に興奮させない、引き綱を突然強く引っ張らない、老犬では運動をやや制限する、・・くらいかもしれません。
神経系の疾患の中には、脳(中枢神経)も含まれます。 その場合、MRIなどの特殊な検査を必要とする場合もあります。
ワクチン作りを生業としている筆者としては耳の痛い話ですが、ワクチン接種後にアナフィラキシーショック(急性アレルギー)が起こり、心肺停止から死に至るという最悪の事態になることがあります。きわめてまれなケースです。しかし「皆無」とは言い切れません。ワクチンに関する一言コメントにも書きましたが、予防接種後に動物病院からすぐに帰宅したり、飼犬を自宅に残して買い物に出かけたりしてはなりません。接種後30分以上はよく観察し、様子がおかしいと思ったら、ただちに動物病院へ戻るようにしなければいけません。
ショックの原因は三つに大別されます。
一つが血液量の異常減少で起こるショックで(血液量減少性ショック)、大量出血したときなどに見られます。外傷では急激に血液が失われますが、血液量が徐々に減って限度を超えたときにショックに陥ることもあります。二つ目がポンプの役割をしている心機能が低下したときのショックで(心原性ショック)、心筋症などで見られます。心筋症は大型犬種に多いとされています。三つ目が末梢血管の異常拡張で血流の分布がおかしくなったときのショックです。分布性ショックといいます。
いずれにしても犬がショックに陥ると、粘膜が蒼白となり(結膜、口の中が真っ白)、脈は弱く、不整脈となり、脱力し、意識も混濁し、体が冷たくなります。呼吸も荒く、咳が出ることもあります。ショックが進行すると臓器不全が生じ、ついには心肺停止へと進みます。意識はなくなり、瞳孔は開き、チアノーゼ(血液中の酸素が欠乏し、皮膚や粘膜が青色になること)がみられ、呼吸もあるかないかです。つまり死の一歩手前です。ショック状態が見られたら、いち早く動物病院に搬送です。迅速に効率的な治療を開始してもらうことが肝要です。対処法は以前紹介したABCDです。
Aは気道確保です。そしてBで呼吸を回復させなければなりません。気道チューブを挿入し、まずは100%酸素を供給します。Cは血管確保と輸液(場合によっては輸血)です。心臓が広がったとき(拡張期)に血流がたくさん戻るようにすることが目標です。そしてDで薬剤です。心肺蘇生術には、アトロピン、エピネフリンなどが使われます。
ABCと進めるか、血管確保と輸液から始めるCABで進めるかは議論が分かれるところだそうです。速やかに同時に始められればよいという獣医さんもいます。いずれにしても時間との勝負です。いくら正しい治療が施されても、時を失すると蘇生術は成功しません。
ショック状態に陥った動物を救える可能性は、本文中にもある通り非常に厳しいのが現実です。ただし、何かしらかの病気の末期症状として起こるケースが多いので、その手前で防げるよう、日頃の健康状態の変化には気をつけてあげてください。 また、ワクチン接種によるショックは4~5年に1件程度で経験しますが、幸いながら大事に至ったケースはありません。
血液中に細菌が侵入すると、通常であれば宿主(つまり犬自身)の防御システムが働いて菌を排除します。ところが防御システムがうまく機能せずに、排除できないまま血液中に菌が存在したり(菌血症)、菌が増殖して発熱・低血圧などの全身症状が出現したりする場合があります(敗血症)。二つを完全に区別することは難しく、ここでは「敗血症」と総称することにします。
敗血症が急に起こった場合は子宮蓄膿症、胃腸損傷が関係することが多く、ややゆっくりと起こった場合は、皮膚、尿管、口腔、前立腺などからの細菌感染が原因と考えられます。犬の敗血症では原因菌の多くが大腸菌で、大型犬種の雄でよく見られます。
敗血症では、間欠性発熱(熱が上がったり下がったりする)・持続性発熱(熱が続く)が見られます。元気がなくなり、跛行(はこう)、頻脈、心雑音なども見られます。これらの症状は敗血症で心臓血管系と血液・リンパ・免疫系が影響を受けた結果です。
心臓血管系が影響を受けると、低血圧症になったり、心内膜炎になったりします。血液系が影響を受けると血液の凝固が悪くなります。それから敗血症性関節炎も多いようです。跛行の原因の一つとされています。炎症を起こした関節は腫れて犬はとても痛がります。当然ながら元気・食欲もなくなり、動くことをイヤがります。
細菌を染め分けるグラム染色という方法があります。グラム染色で青く染まる細菌と染まらない細菌に二分されます。前者をグラム陽性菌、後者をグラム陰性菌と言います。グラム陰性菌による敗血症では、低血圧、酸-アルカリのアンバランス、ショックなどが起こり易く、死亡率も高くなります。ちなみに原因菌として紹介した大腸菌はグラム陰性菌です。あちこちに存在する細菌ですが、侮ってはいけません。
敗血症への対処はやはり動物病院での治療です。原因菌に効果のある抗生物質投与が特効薬です。その他、低血圧に対する治療、外傷に対する治療、膿瘍からの排膿などが行なわれます。子宮蓄膿症・腸管損傷が原因のときは手術も必要になります。
現場で敗血症を診る機会が一番多いのは、子宮蓄膿症ではないでしょうか。菌と体の戦いの中で、体が負けてしまっている状態が敗血症ですので、生命的にもかなり危険な状態です。子宮蓄膿症は避妊手術を実施することで避けられる病気ですので、子どもを作る予定のない女の子は、早めの避妊手術をお勧めします。
血液の赤色は赤血球のヘモグロビンによるものです。ヘモグロビンは酸素を運ぶタンパク質です。肺で酸素をもらって心臓を経て全身の組織に酸素を運びます。ヘモグロビンに十分な酸素が結合すると血液は鮮やかな赤色になります。末端組織でヘモグロビンから細胞に酸素が供給されます。細胞は酸素を使って体に必要なエネルギーをつくり、老廃物として二酸化炭素を出します。この二酸化炭素がヘモグロビンに結合し、組織から肺へと運ばれて呼気として体外に排出されます。組織から心臓を経て肺に運ばれる血液はやや暗い赤色になります。
さて、チアノーゼですが、血液中の酸素が異常に不足して、皮膚・粘膜が青っぽい色に変化することをいいます。酸素をあまり含んでいない血液は青色に近く、その血液が皮膚の表面近くを流れるので青っぽい色になります。
チアノーゼの二大原因は呼吸器系の異常と心臓血管系の異常です。肺や心臓に重い病気があると血液中の酸素濃度が低下し、結果としてチアノーゼが起こります。血管や心臓に先天性異常がある場合もチアノーゼが見られます。血液が肺で酸素をもらわないまま心臓へ戻るようなバイパス(「シャント」といいます)を通るからです。
呼吸器系の異常とは、腫瘍・異物などによる喉頭・気管の機能不全、感染症による気管支炎・肺炎などです。血液に充分量の酸素が供給できないことによりチアノーゼが起こります。気管の機能不全は比較的若い小型犬種、喉頭麻痺はやや年老いた大型犬種に多いとされています。
心臓血管系の異常ではやはりシャントの存在がチアノーゼの大きな原因です。心臓の左右が繋がっていたりします。その他脳脊髄に異常があった場合も二次的に心肺機能が低下してチアノーゼが起こることがありますし、血管が詰まり気味になってもチアノーゼが起こります。
皮膚・粘膜が青っぽくなることがチアノーゼの特徴ですが、それ以外にも四肢が冷たくなる、呼吸困難が認められる、弱々しい(運動時・興奮時に飼主さんが気づくことが多い)などの症状が見られます。心・肺疾患があると心雑音、胸部の異常音(パチパチ音、喘鳴音)もあります。
治療方法は原因によって異なります。いずれにしても的確な診断で適正な治療を受けなければなりません。酸素吸入で血液中の酸素濃度を上げたり、心・肺の水腫が疑われるときは利尿薬、塞栓症には抗凝固薬、血栓症には血栓溶解薬が用いられたりします。
呼吸器疾患が原因のチアノーゼは、呼吸が得意ではないワンちゃん(短頭種やおデブさん)で多く見かけます。特に呼吸数が増える夏場の暑い時期、これらの素因を持っている子達は熱中症のリスクも上がります。肥満は、飼い主様がコントロールできる事柄ですので、太らせないことも、チアノーゼにならないために有効です。呼吸状態の悪化は、生命にかかわる緊急事態ですので、チアノーゼ症状が見られた場合は、すぐご来院下さい。
飼犬を撫でてあげるとき、ブラッシングをしてあげるとき、マッサージをしてあげるときに、ついでにリンパ節が腫れていないかどうかをチェックしておきましょう。リンパ節の腫れは怖い病気(リンパ腫など)の前兆かもしれません。
犬でも人間と同じような部位にリンパ節があります。あごの下、わきの下、股の付け根、ひざのうしろなどです。飼主さんがリンパ節腫脹に初めて気づくのはあごの下が多いようです。なお、大きくなったかどうかがわかるように、健康なときのリンパ節のある部位を触っておきましょう。飼主さんがわかるようなグリグリがあるときは「腫れている」と思った方が良いようです。
リンパ節の腫脹は、過形成(増殖)、リンパ節炎、そして腫瘍が原因です。過形成とリンパ節炎はいろんな感染症で起こります。細菌、ウイルス、カビ、原虫などの感染症です。アレルゲン(アレルギーを起こす原因物質)の侵入、免疫病でもリンパ節腫脹が見られます。細菌感染でリンパ節に炎症が起こると化膿して膿瘍になることもあります。怖いのは腫瘍によるリンパ節の腫脹です。限局したリンパ節に腫脹が見られる場合は感染症からのリンパ節炎が疑われます。あちこちのリンパ節が腫れているときは、全身性感染症の場合もありますが、やはりリンパ腫を考えなければなりません。
リンパ節腫脹では特徴的な臨床症状はありません。病気が進行すると発熱、元気・食欲減退などが見られます。全身症状が明確ではありませんので、飼主さんの“触診”による発見が重要です。リンパ節炎では患部を痛がることも多いようです。重症の過形成・リンパ節炎では、嚥下障害・吐き戻し・呼吸障害・排便障害・肢の腫れなどが見られることもあります。腫脹しているリンパ節周囲が影響を受けての症状です。リンパ腫の場合はリンパ節腫脹から始まり、腫瘍細胞が内臓器官に浸潤すると元気消失、食欲不振、体重減少、貧血などが見られます。
診断にはリンパ節からの吸引材料が使われます(針吸引生検)。過形成があるのか、炎症があるのか、腫瘍性なのかなどが調べられます。また、どんな細胞が出現しているかが決め手となります。これを「細胞学的診断=細胞診」と言います。
治療法は原因によって異なります。感染症が原因のリンパ節炎では抗生物質投与などで快復します。一方、リンパ腫の治療は容易ではありません。化学療法で進行を遅らせ、一時的に快復させるのが精一杯かもしれません。
リンパ腫は、若くてもできるがんです。また、ゴールデンレトリーバーなどは好発犬種であるため、日頃から気にしてあげましょう。症状が出づらい病気でもあるので、元気があってもリンパ節の腫脹が確認された際には、早めの受診をお勧めします。
爪に異常があると、歩様がおかしかったり、爪を舐めたりします。このようなことが観察されると、飼主さんは、外傷がないか、とげが刺さっていないか、肉球はどうか、指の間はどうか・・などは調べますが、爪まで調べることは少ないようです。爪も調査対象に加えましょう。爪(あるいはその周囲)に、痛み、腫れ、赤み、滲出液、変形、脱落などが認められることもあります。
「爪の異常」の原因として、爪周囲炎、爪真菌症、爪縦裂症、爪脱落症、爪形成不全などがあります。
爪周囲炎:細菌などの感染が原因です。外傷から細菌感染、そして炎症へと進むことが最も多いようです。
爪真菌症:いわば犬の水虫です。原因菌は白癬菌です。
爪縦裂症:一つの爪だけではなく、多数の爪に異常が見られます。爪縦裂症の多くは原因不明ですが、外傷・感染症が関与することもあります。
爪脱落症:原因はたくさんあります。外傷、感染症、免疫病、腫瘍などです。
爪形成不全:爪がうまく出来ない状態です。原因の一つに「亜鉛欠乏による皮膚病」があります。
爪の異常が一つの爪に見られた場合の多くは外傷が原因です。多数の爪に異常が見られるときは全身性疾患を疑う必要があります。また、免疫病が原因のときは爪だけではなく、皮膚病を伴うことが多いようです。
原因によって治療法は異なります。爪の異常の代表選手である感染症が原因のときは、抗生物質、抗真菌剤などが投与されます。重症のときは爪を切除する手術も必要です。真菌症は治癒し難い病気です。気長に対応せざるを得ません。また使用される薬剤によっては嘔吐・下痢などの副作用を認めることもあります。
よく当院にご来院される爪のトラブルは外傷によることがとても多いです。多量の出血をともなうため皆さんとてもビックリされてあわててご来院されるケースが多く見受けられます。定期的な爪のチェックや爪きりをおすすめ致します。
血管中の血液はサラサラと流れています。しかし、血液は血管外に出ると(つまり出血)、すぐに凝固します。凝固するから出血が止まります。血が止まるまでの時間は数分以内です。なかなか血が止まらず、傷口・皮膚・粘膜から出血が続く場合があります。逆に固まってはいけない血管内で血の塊(血栓:けっせん)が出来ることもあります。
「血が止まる」ということを簡単に説明します。出血をコントロールする体の働きを“止血”といいます。止血は四つのプロセスで出来上がっています。
血管が傷つくと、出血を止めようと血管が収縮します。そして止血の主役である血小板を活性化させる一連の反応がすぐに起こり、血小板が傷ついた部分に付着します。その際、接着剤の役割を果たすのは、フォン・ヴィルブランド因子という血管壁の細胞が産生するタンパク質です。様々な血液凝固因子が働き、線維素も形成されます。線維素は網状になってさらに血小板や血球をとらえ、傷をふさぐ血栓を作ります。これで止血が完了します。
止血プロセスのどこかがおかしくなると、血が止まりにくくなったり、逆に過度に固まりやすくなったりします。前者ではわずかに傷ついただけで大出血が起こることがありますし、後者では重要な部位の毛細血管が血栓で詰まってしまいます。脳の血管が詰まると脳卒中が起こりますし、心臓の血管が詰まると心臓発作が起きます。静脈にできた血栓が、血流に乗って肺に入り込むと、肺塞栓を起こします。いずれもとても危険な状態に陥ります。
止血作用を阻害する病気で最も多いのが、血小板減少症と血小板そのものの機能異常です。猫より犬にはるかに多く見られる病気です。血小板減少症は、血小板の製造場所である骨髄がおかしくなったり(血液のガン、免疫病など)、感染症だったり、腫大した肝臓・脾臓に血小板が捉えられたり、さらに薬剤で起こることもあります。
先天的な血小板機能異常にフォン・ヴィルブランド病があります。血小板の接着剤が不足して、血が止まりにくくなります。この病気の好発犬種も報告されています。後天的な血小板機能異常は、尿毒症、肝臓病、心臓病などで起こります。疼痛緩和などでよく使用されるようになったNSAID(非ステロイド系消炎鎮痛薬)でも血小板機能異常を認めることがあるようです。
「そのうち止まるだろう」では済まないこともあります。また体内で出血が続いていることもあります。真の原因の特定が必要ですが、診断がなかなか難しいのが現状です。原因が究明できなくても手をこまねいている訳にはいきません。まずは止血作用を阻害しそうな薬剤投与は中止すべきです。場合により、輸液で血液量を維持したり、血小板の注入したりも必要になります。
血液凝固機能は非常に重要です。 当院では手術前の検査において通常の血液検査で測定可能な「血小板数」の他に安全性向上のため上記の止血プロセス中の血液凝固因子活性についても調べています。
犬の被毛の主な役割は、日光から体を守ることと体温調節です。被毛が病的に抜けることがあります。つまり「あるべきところに毛がない状態」ですが、これが脱毛です。脱毛症には、先天的なものもあれば、後天的なものもあります。ここでは後天的な脱毛について紹介します。
後天性脱毛症で多いのは、感染症、免疫異常(アレルギー性)、内分泌異常です。脱毛は徐々に進行したり、急激に進行したりします。脱毛のパターン、程度を飼主さんがつぶさに観察して先生に伝えることが大切です。
脱毛のパターンには、多病巣性(あちこちが部分的に脱毛)、対称性に出現する場合(両側性に脱毛)、そして斑状に拡散する場合の三つがあります。それぞれの原因を紹介します。痒みと痛みを伴う皮膚疾患が脱毛の原因になります。痒みがあると、犬は「掻く・舐める・噛む」をやりますので、挙句の果てが脱毛です。
多病巣性
あちこちに脱毛が見られる場合、その原因は主として感染症と考えられます。皮膚が赤くなったり、痒みがあったり、つまり炎症性変化を伴うことが多いようです。代表的なものに毛包虫症、皮膚糸状菌症、ブドウ球菌性毛包炎などがあります。その他、ワクチンなどの注射後に見られる脱毛も多病巣性です。
対称性
対称性の脱毛は、主としてホルモン異常が原因です。磨耗する部分から始まることが多く、痒みが少ないのが特徴です。体幹をおかし、頭部と肢にあまり見られないことも特徴です。甲状腺機能低下、副腎皮質機能亢進などが原因です。雌犬では女性ホルモン分泌過多(側腹部、会陰部、鼠径部に脱毛)、雄ではセルトリ細胞腫(生殖部に脱毛)も原因となります。
斑状拡散
この原因には毛包虫症、細菌性毛包炎、皮膚糸状菌症、毛包形成異常、角化異常などがあります。
脱毛部位の皮膚の状態が診断に重要です。炎症があるのか、フケが出ているか、硬くなっているか、ジクジクしているかなどが診断の決め手となります。全身的療法は薬剤投与です。毛包虫症・皮膚糸状菌症にはそれぞれに薬剤があります。細菌性皮膚炎には抗生物質です。局所療法の代表格はシャンプーです。シャンプー後の薬剤塗布もよく行われます。「湿っていたら乾かせ」「乾いていたら湿らせ」という古いことわざがあります。一理あることわざです。それから、ホルモン異常では卵巣除去、去勢などの手術が必要なこともあります。
脱毛が病気ではなく、生理的な換毛であることもありますし、逆に換毛かと思っていたら実は皮膚炎だったということもあります。飼い主様が判別するのは難しいこともありますので「アレ、この脱毛は大丈夫かな」というときは当院までご相談下さい。