第3話
問題行動
カウチソファーを購入し、ボビーに使い古しのローソファーをあてがうことにしました。
カウチソファーが届いた日のことです。ローソファーに寝転がっていたボビーが横目でチラチラと見ています。
どうも新品の方が好みのようです。
“○○と畳は新しい方が・・”というのは犬の世界でも同じなのでしょうか。
ボビーはしばらく考えていました。
そして新しいソファーに登る巧妙な手を思いつきました。庭に出たい様子をします。ドアを開けてやろうと私がソファーから立ち上がります。ところがなかなか出て行きません。これが何回か繰り返された後です。
ちょっとした隙にまずは顎を乗せたのです。すぐに登らないところが“けなげ”です。
頭脳明晰とは言い難いボビーにしては上出来です。
思わず「登りたいの?いいよ」と言ってしまいました。許可を得たボビーはソファーの上でご満悦でした。
でも、かみさんからは未だ正式許可が下りていません。かみさんがいるときはとても微妙な状況となります。顔色をうかがいながら、前足を乗せたり、顎を乗せたりしています。葛藤があります。
さてどのように進展するのかが見ものです。なお、三四郎はソファーの上まで登れません(おデブのため)。うらめしそうに下から眺めています。
思い上がった犬にソファーやベッドへ登ることを許すと、それこそ図に乗ってしまい、飼い主さんを見下すようになります。昂じると飼い主さんへの攻撃行動へとつながることもあります(一般論)。
まあ信頼&主従関係がきちんと確立していますと、そんなこともありませんが(言い訳めいた独り言)。
さて、問題行動のある犬の再教育のために、「犬に学習させる10か条」を紹介します。
第1条 何歳からでも
第2条 忍耐と適時・適切なご褒美を
第3条 慣れてくれば、不定期のご褒美に
第4条 犬の好みに合ったご褒美を
第5条 毎日、楽しく、10分ずつ
第6条 まずは静かな環境で
第7条 強制せずに、「おいで、お座り、待て、伏せ、伏せて待て」の順
第8条 号令は一言、名前は注意を引くときだけ
第9条 ボス以外の家族からも同じ号令を
第10条 罰は非生産的、声とにらみで
「うちの○○ちゃんはもう大人。しつけは無理よ」と考えていませんか。
そんなことはありません。犬は何歳からでも学習することができます。飼い主さんのやる気がカギです。
犬に何かを学習させる方法には大きく分けて二つあります。
一つが古典的条件付け、もう一つが道具的学習です。難しい言葉ですね。
古典的条件付けの代表選手はパブロフの実験です。
犬に好きな食べ物を見せるとタラ~リと涎が出てきます。「待て」をさせますともうベロンベロンです。刺激(食べ物)があると思わず反応(涎)してしまうのです。この反応に「ベルの音」を組み合わせ、ベルの音だけで涎が出るようにしたのがパブロフの実験です。
おしっこ・うんちのしつけが古典的条件付けです。
「おしっこがしたい、うんちが出ちゃう」という感覚と、前にしたおしっこの臭いなどが刺激となります。「庭に出す」、「おしっこシ-ツのところに連れて行く」などを組み合わせて学習させます。
子犬の場合、食後や目覚めで周囲を嗅ぎ始めたら、すぐに人為的刺激(庭、おしっこシ-ツ)を与えることにより、またたくまに学習していきます。元々本能的な反応ですので、ご褒美は必ずしも必要ありませんし、失敗したからといって罰を与える必要もありません。
道具的学習の原理は刺激、反応(=行動)、行動の強化(ご褒美)で成り立っています。
例えば“名前を呼べば来る”を学習させるときはどうしますか。
名前を呼んでみます。手招きしてみます。最初はなかなかうまくいきません。犬は「てへ、なんですか?」という顔をします。でも寄って来たときだけにご褒美(例えばジャーキー)を与えるとどうでしょう。
名前を呼ばれると「ご褒美がもらえるのかな」とすぐに寄って来るようになります。このようにご褒美を使って学習させるのが道具的学習です。犬の訓練ではごく当たり前の方法として使われていますし、問題行動の矯正にも使われます。
犬には自分から学習したいとか、先生が必要であるといった気持ちはさらさらありません。
食べ物・散歩があって、快適な環境があれば、ダラダラと過ごすことを苦としません。先生となる飼い主さんは、刺激、行動、行動の強化をうまく組み合わせて学習させるように仕向けなければならないのです。
我が家ではこれまでに5匹の犬を飼育しました(現在は2匹が健在)。
マラミュート3匹とコーギー2匹です。
真面目に教育を施したのは、初代マラミュート・ベス様だけでした。
“教育”といっても自由奔放が基本的な考えです。共同生活の最低限のマナーを教える程度でした。ベス様がやって来たのは娘が生まれる直前です。乳飲み子との生活になります。「人に対しての攻撃性だけは注意する」が指導要綱でした。ご近所では“女帝”で名をはせたベス様でしたが、人に対してはとても優しい気遣いが出来る犬になりました。娘の子守もとても上手でした。
若いツバメのボビーの教育はベス様まかせでした。とてもよくしつけてくれました。ボビーの行動が度を越すと、ベス様がビシッと叱ってくれました。
ボビーにとってベス様はどうしようもなく恐い存在だったようです。どうも飼い主夫婦の真似をしたようにも思います。
三四郎がやって来たのとほぼ同時に里子の冬馬(とうま)を引き取りました。気難しい里子でして、当初はとても手がかかりました。三四郎は義務教育もほどほどという状況となりました(ただ今再教育中です)。
というわけで、我が家での一番の芸達者は里子の冬馬でした。
当然ながら元飼い主さんの教育の賜物です。とても大きな手で「お手」をやってくれます。好物を見せながらやらせますと、平手打ちを食らったような威力でした。
さて、「犬に学習させる10か条」の第2条から第9条についてちょっとした補足をします。
犬の“ご褒美”というとすぐに食べ物を連想します。でも、犬にとってのご褒美はそれだけではありません。撫でる、声をかける、目を見る(注目する)、遊んでやるなども立派なご褒美です。
食べ物よりボール遊びの方が好きという犬だっています。犬の好みに合ったご褒美が学習には有効です。
といっても、多くの犬にとって食べ物が最高のご褒美であることに変わりありません。食べ物で操ることに罪悪感を持つ方もおられますが、まずはジャーキーなどを使って学習を進めてみましょう。
「犬の好みに合ったご褒美を」と書きました。
犬にとって魅力的であればあるほど、その効果は高くなると思われがちです。実は場面によって少々違うことも憶えておいてください。呼べば来るなどの簡単な行動には魅力的なご褒美が効果的です。
しかし、やや複雑な行動(例えばお客さんが来た時には静かに)では、ご褒美の魅力がありすぎると、さらに興奮してしまいますし、頭の中が混乱してしまいます。
こんな場合は褒めてやる程度が適切なご褒美となります。
難しいことが上手に出来たときには、とっておきのご褒美を与えたいところですが、犬ではちょいと違うようです。
最初はよい行動(飼い主さんが学習させたい行動)にはすぐにご褒美を与えます。
少し慣れてきたら、徐々にご褒美の回数を減らします。そして間隔を空けてときどき与えるようにします。
これを“不定期なご褒美”と言います。
よい行動を長続きさせる秘訣は、実はこの“不定期なご褒美”なのです。
ご褒美を与えるタイミングはとても重要です。早すぎても、遅すぎても、犬は誤解します。何を勉強しているのかがわからなくなるのです。
「お座り!」、「うん、よ~し、いい子だ」、「ほら、ご褒美」というタイミングです。
反応(行動)とほぼ同時にご褒美を与えることがポイントです。遅れれば遅れるほど、飼い主さんが期待する行動とは別の行動を学習してしまいます。
道具的学習は繰り返しです。毎日、楽しく続けることが成功の秘訣です。犬の集中力はそれほど長くありませんので、毎日ほんの10分でもいいのです。
最近はしつけ教室、訓練学校などが大流行です。理由はいろいろです。時間に余裕がない、プロに訓練してもらった方がよい、面倒くさいなどなど。
それらに反対するものではありません。犬はどんな環境下でも学習することができるからです。でも、家庭の中で落ち着いて学習するのが一番だと思うのです。
また、家族に対する支配的攻撃(以前出てきましたアルファ症候群)を考えた場合、犬は自宅で飼い主さんに服従することを学ぶべきだと思うのです。面倒くさがらずに、犬とのコミュニケーションの一つとしてしつけを行うのもいいものですよ。
「おいで、お座り、待て、伏せ、伏せて待て」は基礎訓練です。問題行動矯正に有効な服従訓練にもなります。ただ、無理にやらせてもあまり効果があがりません。
犬に何かを教えるとき、犬自身の意思で命令に従ったときに、ご褒美を与える方がはるかに効果的です。
子犬が座る姿勢をとったときに(例えば食器を頭の真上に持ち、自然に子犬が腰を下ろしたとき)、すぐに「お座り」と声をかけ、褒めてあげればよいのです。
またたくまに号令だけで(あるいは食器を見せただけで)お座りをするようになります。
学習は一貫してやらなければ元の木阿弥になります。
例えば「人間が食事中は静かに待つ」というルールを作ったら、家族全員がそれを守らなければなりません。
家族からやや見捨てられたお父さんが、せめて犬だけには好かれたいとの気持ちから、隠れてテーブルの下で食べ物を与えたりすることがあります。
それこそルール違反です。
犬の心に葛藤が生まれ、犬は人間の食事中にどうすればよいのかを学ぶことができません。
号令は一言が効果的です。
「もう少しでご飯ができるから、そこで座って待つのよ!」と命令されても、犬は全てを理解できるわけではありません。「お座り!」の一言の方が容易に理解できます。
それから家族全員が同じ号令を使うべきです。
50の手習いで英会話を勉強しているお父さんが「Sit!」、子供を叱ることに慣れているお母さんは「こら!座れって!」、犬と兄弟のように育った子供が「座ってよ~」では犬も迷ってしまいます。
「犬に学習させる10か条」の最後は、「罰は非生産的、声とにらみで」です。
ご褒美の反対はなんでしょうね。“罰”ですか。
いえいえ犬では違います。ご褒美の反対は「ご褒美を与えない」なのです。
「無視」も「ご褒美を与えない」ことと同じです。
悪い行動に「あらあら、いけない子ねえ~」と声をかけますと、声をかけられたことに犬は喜んでしまいます。
悪い行動が身についてしまったときは、毅然として無視することから始めます。
当初は、悪い行動がさらに悪くなることもあります。
でも「お前にはやっぱり無理か~」とここで諦めてはなりません。これは一時的なものです。
無視し続けると、最終的には悪い行動が消えていきます。これを“行動の消去”といいます。
問題行動の解決に役立ちます。
悪い行動の矯正では、飼い主さんの優柔不断な態度がよくありません。
「よしよし、だいぶ治ってきたなあ。今日は特別にOKだよ」はいけません。
犬はこれをときどきもらえるご褒美、つまり不定期なご褒美と勘違いします。
そして、勘違いした犬が飼い主さんとの我慢比べに負けることはまずありません。
「仕方がないなあ~」としぶしぶ飼い犬の言いなりになってしまいます。
憶えていますか、不定期なご褒美は行動(悪い行動でも)を長続きさせることを。
飼い主さんは意志を強く持って無視し続けなければならないのです。
困った行動を止めさせようとする場合、多くの飼い主さんは最初から罰を与えてしまいます。
「こら~、ダメじゃないか。(バシッ!)」。犬はびっくりして行動を抑制します。困った行動をすぐに止めさせるには、罰が効果的なようにみえます。
しかし、罰にはのちのち問題行動の種となる様々な落とし穴があるのです。
さらに飼い主さんを怖れながら成長した犬は、飼い主さんに対してどのような行動を取ったらよいのか、いつも思い悩みながら生きていくことになります。共同生活が快適にはなりません。
室内で排尿・排便をしたとき、舌打ち、怒鳴る、叩く等を与え続けたとします。
「庭に出してもおしっこをせず、室内に戻ると、こそこそと他の部屋に行っておしっこをする」という具合になることが少なくありません。これはなぜでしょうね。実は飼い主さんがそばにいることと罰を結びつけて学習してしまった結果なのです。
「ボスがいる前でおしっこをすると叱られるんだよな。庭に出してもらったけど、まだそばにいるよなあ。ここは我慢しよう。やっと室内に入れてくれた。よし、ボスのいないところに行って、おしっこをやっちゃお」
罰は恐怖心や攻撃心を煽ることにもなります。そして、その強さは徐々にエスカレートせざるを得ません。
「何をやってるの!この前教えたでしょ!何回叱ればいいの!(バシッ、バシッ)」。結局、罰が作り出すのは、それ以前より賢くなった犬だけなのです。
さらに、飼い主さんから罰を受けていることが犬に分かってしまうと不安度が上昇します。
留守中によく見られる破壊行動(分離不安)のように、初めに行動と不安が組み合わされて条件づけられると、行動はますます悪化します。罰はやはり非生産的です。
ではどうすればよいのでしょうか。
困った行動に対しては、声・にらみで気をそらす・別の行動に仕向けるで、行動を変えていくことが望ましいようです。この方法だと即効性はありません。治すのに時間もかかります。しかし、さらにあくどい問題行動につながらないもっとも確実な方法なのです。
それから、声とにらみで困った行動が抑制された場合は、必ず呼んで誉めてあげましょう。
困った行動を矯正するときの鉄則です。人間の子育てでも、「誉めて育てる」というのがあります。
罰ばかりを与えるとすねてしまいます。かといって、誉めてばかりだとつけあがるし、人間でも、犬でも、「育てる」ということは難しいものです。
娘がもうすぐ中学生です。「お父さんのパンツは割り箸で」まではやりませんが、そろそろ父親を見捨てていく年齢になります。その上、一風変わった発想が持ち味の娘です。
育て方に思い悩む今日この頃です。