第18話
免疫・感染症・ワクチン
犬にもさまざまな病気があります。
最近は犬の寿命が延びて、生活習慣病はあるし、認知症はあるし、さらに問題行動まで病気の範疇となっています。全てを解説できる能力は持ち合わせておりません。
ここではワクチンで予防できる病気、すなわちウイルス、細菌などの病原微生物による「感染症」について解説することにします。
犬の感染症で最も怖いのは、狂犬病、ジステンパー、伝染性肝炎、そしてパルボウイルス感染症です。すべてウイルスが原因です。死亡率が高いことが“最も怖い”と書いた理由です。
これらの感染症をワクチンで防ぐことができれば、まずは一安心です。
また、愛犬を健康に過ごさせるために、上記の感染症に加えて予防しておきたいいくつかの感染症があります。あるいは犬から人にうつる可能性がある感染症(人獣共通感染症)も防いでおきたいものです。
それぞれの感染症について、原因となる病原微生物名及びその性状、症状、よもやま話などを紹介することにします。
ではでは、はじまり…はじまり。
狂犬病はラブドウイルス科リサウイルス属の狂犬病ウイルス(略してRV:RabiesVirus)によって起こるウイルス性の感染症です。
ラブドウイルスは電子顕微鏡で観察しますと鉄砲の弾丸のような形をしています。
RVは哺乳動物全般に感染します。当然ながら人間にも感染する危険なウイルスです。
その上、致死性がきわめて高いのでとっても厄介なウイルスです。
このウイルスに対して特に感受性が高い動物はキツネ、オオカミ、コヨーテです。
そうそう、北米ではアライグマも感染源になっています。
日本では1950年に「狂犬病予防法」が制定され、犬の登録と狂犬病ワクチン接種が飼い主さんに義務付けられました。そのおかげで狂犬病は日本国内から駆逐されたのです。
ただし、1970年にネパールで犬に噛まれた人、2006年にはフィリピンで犬に噛まれた人に狂犬病が見られました。
日本は清浄国ですが、周囲の国々にはRVが存在していることを肝に銘じなければなりません。さらに外国からの侵入を水際で食い止めなければなりません。
犬の輸入について検疫が強化され、大弱りのブリーダーさんもおられるようですが、これも国益のためです。
ウイルスは生きた細胞がなければ自分の子孫を増やすことができません。
ワクチンを作るためには、まず、細胞を栄養液(「培養液」)の中でたくさん増やします(「細胞培養」)。
これにウイルスを入れて(「ウイルス接種」)、その後適温でそのままにしておきますと(「ウイルス培養」)、子孫ウイルスがどんどんと増えて、これがワクチンの元になります。
狂犬病ワクチンは、細胞に狂犬病ウイルスを接種し、そして培養し、たくさんに増えたウイルスを殺し(「不活化」)、これをワクチンにしています。
免疫がよくできるように免疫増強物質(「アジュバント」)も添加します。
不活化したウイルス、あるいは不活化した細菌を使ったワクチンを不活化ワクチンといいますが、狂犬病ワクチンは不活化ワクチンです。
少し前までは年2回接種でした。しかし、ずいぶん工夫され、今では年1回の接種となりました。犬の登録が一生に1回になったことと同様に便利になったものです。
ただし、狂犬病ワクチンの集合注射も、犬の登録も平日にやらなければならず、共稼ぎ飼い主さんにはちょいとつらいものがあります。
日本では1950年に狂犬病予防法が制定され、徹底した予防接種が行われました。狂犬病の発生は激減し、わずか7年で発生が認められなくなりました。「世界的にも驚異」といわれる撲滅作戦でした。1957年以来、犬、家畜での発生報告はありません。かれこれ50年間、日本では人以外に狂犬病は見られていないのです。
しかし、狂犬病はごく一部の地域を除き世界中で発生しています。野生動物での発生率も高いようです。特に愛玩用としていろんな動物の輸入が増加しつつある昨今、一層の予防策が望まれます。
清浄国(狂犬病の発生がない国)が汚染国(狂犬病の発生がある国)に変わる可能性は常にあります。いくら島国とはいえ、水際作戦(輸入検疫の強化)だけでは安心できません。「口蹄疫」という偶蹄類(牛、豚など蹄が偶数の動物)の悪性伝染病が約100年ぶりに日本で発生したことをご記憶の方も多いと思います。また、「鳥インフルエンザ」の発生も記憶に新しいところです。けっして油断してはならないのです。幸い、口蹄疫も鳥インフルエンザも関係者の努力により、蔓延することなく終息宣言が出されました。狂犬病も口蹄疫も鳥インフルエンザもよその国の出来事と考えていました。いろんなことが起こるものです。
獣医学の研究者達も、新しい病気(新興病)とともに、昔の病気の復活(復興病)にも関心を払っています。
昔の狂犬病ワクチンは山羊の脳で作られていました。ウイルスを山羊に接種してしばらく飼育し、ころあいを見計らって子孫ウイルスのぎっしり詰まった脳を取り出すのです。この脳をすりつぶして不活化してワクチンとしていました。
脳の乳剤ですので、神経組織由来物質も入っています。それを除くことに懸命の努力がなされましたが、完全に取り除くことはなかなかできませんでした。このため、ワクチネーション後に麻痺等の副反応が見られました。
当然、愛犬家の間から批判が出て、さらにワクチン不要論までが聞こえてきました。その後、副反応を減らすことと、接種間隔を6か月から1年にする(つまり、年1回接種とする)改良がなされました。
現在のワクチンはこの改良型です。山羊の代わりにハムスターの肺の細胞(HmLuー1細胞)が使われています。HmLuー1細胞にウイルスを接種して培養し、得られたウイルスを精製濃縮後、不活化してワクチンとします。副反応を減らすことはワクチンの安全性に関わる改良です。
接種間隔を延ばすことは、ワクチンによる免疫の持続期間を延ばすことであり、有効性に関わる改良です。このように使用者の声を反映させつつ、ワクチンを改良していく努力もメーカーの責務です。