第10話
問題行動
前回で「分離不安」が終わりました。今回から「攻撃行動」を何回かに分けて取り上げることにします。
問題行動のある犬147頭を対象とし、それぞれの問題行動の発生率を調査した成績があります。
複数の問題行動を持つ犬もいますので、問題行動の総数は267例です。
その調査によると、人に対する攻撃行動が54%、他犬に対する攻撃行動が15%、分離不安が10%、恐怖症と排尿・排便問題がそれぞれ6%、その他が9%だったとのことです。
攻撃行動が約70%です。飼い主さんが問題視する行動の多くは攻撃行動ということになります。
攻撃行動にもいろいろあります。
主たる標的(対象)もいろいろですし、起こった状況もいろいろです。
攻撃行動を種類別に分けた一覧表をあとで示します。
攻撃行動の標的(対象)と発生状況をつぶさに観察すると、どの攻撃行動であるのかが分かります。
典型的な攻撃行動の原因と対処法などを次回から紹介することにします。
まずは簡単な全体像の紹介です。
人と他犬への攻撃は、犬が攻撃対象を自分と同種とみなした上での攻撃と、自分とは違う種とみなしての攻撃があるようです。
後者はまれです。初期の社会化に失敗した犬などに見られることがあります。
家族への攻撃の代表的なものは、同一家庭内の他の犬への攻撃性です。
これには、支配性、あるいは所有欲が絡んでいます。
最近はぐっと少なくなりましたが、我が家のボビーと三四郎の喧嘩はこの典型かもしれません。
いつも喧嘩を売るのは三四郎で、原因は食べ物でした。
それから甘やかされて、犬が自分の地位が高いと誤解したときは、家族(人)への攻撃も見られるようになります。
アルファ症候群と呼ばれています。
実はシリアスな問題に発展することもまれではありません。
家族への攻撃と言えば、遊び好きが昂じての攻撃(遊戯的攻撃)もあります。
家族以外への遊戯的攻撃は見られないようです。
遊戯的攻撃は家族という群れ(パック)の中だけで見られるようです。
その他、自己防衛的攻撃、子犬を守るための攻撃、生存競争からの攻撃、捕食性の攻撃などもあります。
種類1:支配的行動
標的:家族
状況:家族が怒ったとき家族が撫でまわしたとき。家族と居場所・食べ物を争ったとき
種類2:所有欲が絡む攻撃
標的:人、動物
状況:人、動物が好きな食べ物。おもちゃなどに近づいたとき
種類3:防御的攻撃
標的:人、動物
状況:人、動物が守るべき家、場所、飼い主などに近づいたとき
種類4:捕食性が絡む攻撃
標的:動物、人
状況:動物、猫を見つけたとき走っている人を見たとき。バイクが通り過ぎようとしたとき
種類5:恐怖が絡む攻撃
標的:人
状況:人が近づいてきたとき。人が怖がらせたとき。人が罰を与えたとき
種類6:雄同士の攻撃
標的:他の雄犬
状況:他の雄犬が近づいてきたとき
種類7:雌同士の攻撃
標的:他の雌犬
状況:通常、同じ家庭に2頭の雌犬が飼育されているとき
種類8:疼痛が誘発する攻撃
標的:人
状況:人が痛みのある場所に触ろうとしたとき。薬をつけようとしたとき
種類9:罰が誘発する攻撃
標的:人
状況:人から不快、あるいは痛みのある罰を受けたとき
種類10:母性本能が誘発する攻撃
標的:人
状況:人が産室(巣)の子犬に近づこうとしたとき
種類11:方向を変えての攻撃
標的:人
状況:人が犬の喧嘩を止めようとしたとき
家族といっても、全員ではなく、ある特定の家族が攻撃対象の場合が多いようです。
また、この問題行動は雌犬より雄犬に多い傾向があります。
支配欲が強く、地位が高いと勘違いした犬が、しばしばこの問題行動を起こします。
つまり、犬は下位と思い込んでいる人が自分の地位に挑戦してきたと考え、その結果として攻撃してしまうのです。
多くの場合、勘違いさせているのは家族の態度です。
いくら帰宅時間が遅く、家族サービス精神の衰えたお父さんとはいえ、吠えついて攻撃しようとしたジョン君(仮名)を抱き上げて「そうよねえ、ジョン君が嫌いなのはお父さんだけよね~」とほくそ笑んではいけません。
家族の食事の前に、犬に食餌を与えていませんか。
ソファーやベッドの上に乗ることを許していませんか。
犬の居場所(寝床)に人が立ち入れないことはありませんか。
要求に従ってドアを開けていませんか。
犬に道を譲ったりしていませんか。
引っ張りっこで負けたりしていませんか。
散歩のとき、犬から引っ張られていませんか。
犬の好きな方向に行かせていませんか。
犬が止まると一緒に止まったりしませんか。
これらは犬の支配欲を尊重した扱い・・といえば聞こえがよいのですが、実は犬に「あんたが大将!」と教え込んでいることになります。
「だめだ、全て“Yes”だ。どうしよう・・」と心配を始められた方へ。
我が家のボビー&三四郎は、休日明けの朝は不安そうな顔をします。
何気なくさりげなく出勤することを心掛けています。
我が家で守られているのは、“居場所の占有権は認めない”、“犬に道を譲らない”くらいで、他はほとんどYESなのです。かといって、家族に対する支配的攻撃行動は全くありません。
つまり、支配欲をそそるようなことをやったからといって、必ず家族に攻撃的になるとは限らないのです。
ただ、勘違いすることは頭に入れておく必要があります。
外出前に少しだけ運動をさせる方法もあります。
不安・緊張を和らげる効果があります。
運動後に少し落ち着かせ、それから留守番をさせます。
それから、支配的、攻撃的になった犬の格下げ処分のときに、上記質問に“No”と答えられる、すなわち反対のことをやる必要が出てきます。
攻撃しているときの犬は、眼がすわり、通常とは異なります。
耳、尻尾を立て、体毛も逆立っています。
留守番時間を徐々に長くする矯正訓練がよくやられます。
それとともに、留守番中は自分のベッドで静かに待つ、あるいはガムなどを噛みながら待つことができるように訓練します。
いわゆる攻撃姿勢です。
これは優位性を示すシグナルでもあります。
さらに、唸り声をあげたり、咬もうとしたり、実際、咬んでしまったりすることもあります。
ところが、攻撃が終わると、多くの犬は謝罪するように友好的になります(実は葛藤による転位行動です)。
また、家族に攻撃的な犬でも、他人にはとても友好的な犬が多いようです。
ただし、お客さんが二三日宿泊したりすると、支配的行動が始まります。
留守中に悪さをしてしまったとき、飼い主さんはどうしても罰を与えてしまいます。
「こりゃあ、またこんな所におしっこをして!」。
多くの飼い主さんは「突然、咬みついた」、「怒らせるようなことはしていないのに、咬みついた」と訴えます。
しかし、この攻撃には必ず一定のパターンがあります。
何か引き金となる刺激があるはずです。それを見極めることが重要です。
具体的な状況は、犬の食べ物・おもちゃに近づいたり、取り上げたりしたとき、犬の好きな人、好きな他の犬(発情中の雌犬など)に近づいたり、触れたりしたとき、犬が休んだり、眠ったりしているところを邪魔したとき、犬に対して支配的行動(撫でまわす、顔・足・尾に触る、叱るなど)をしたときなどです。
では、その原因を考えてみましょう。
どうすればよいのでしょうか。
対処法のポイントは、飼い主さんがボスの地位をいかに確保するか
いやそれを飼い犬にいかに理解させるかです。
犬の言いなりにならない強い飼い主さんにならなければいけません。
・飼い主さんが問題をきちんと理解する
家族への攻撃なんてパックの一員である飼い犬がやることではありません。
問題は大きいことを認識してください。
犬との関係を徹底的に改善しなければならないことも認識してください。
飼い主さんが、攻撃性を高めるようにご褒美を与えていることが往々にしてあります。
例えば飼い犬が攻撃的になっていると感じたとき、思わず優しい言葉をかけたり、食べ物を与えたりすることがあります。
「あっごめんね、そんなに怒らないのよ、ジャーキーをあげるから」。さて犬はどう思うでしょう。
・飼い主さんが適切な支配性を確立する
飼い主さんが上位であることをきちんと認識させなければなりません。
叫んだり、叩いたりの罰で認識させるのは逆効果です。
さらに対立を生むだけです。
地位をめぐる争いがヒートアップして“熱い戦い”が続くことになります。
まずは家族の中で犬より確実に優位な人が犬をコントロールできるようにしましょう。
犬より優位人がいないようなら犬の格下げ処分をやって優位な人を作るところから始めなければなりません。
攻撃対象が特定の家族の場合、犬より優位な人が世話を一切止めて攻撃対象の家族だけが犬が喜ぶようなこと(食餌を与える、散歩をするなど)をするのも一方法です。
ただし、ある程度コントロールできるようになってからです。
・服従訓練を行う
速く歩いてみる、突然方向を変える、呼び戻すなどなどを繰り返して行います。
つまり「お前の好きなようにはならないのだよ」を教えなければなりません。
家の中でもできることがあります。
頻繁に「おいで」、「座れ」、「待て」などと命令するのです。
ソファーで寝そべっている犬を呼びつけて訓練を行うのです。
「勝手気ままな時間つぶしは許さない!」です。
・飼い主さんと犬との関係を改善する
「飼い主さんの命令に従わなければ何も得ることはできない」ことを学ばせるだけでも絶大な効果があります。
合言葉は“従わないなら無視”です。
犬の世界では相手を無視することも支配性を示すボディランゲージです。
“無視”は、
・飼い主さんと犬との間に冷却期間をおく
・かまってやることがご褒美となるように仕向ける
・飼い主さんの支配性を強化するなどの効能があります。
ご褒美は従ったときだけです。
これで飼い主さんと犬との関係が大幅に改善されます。
「無視するとなんだかかわいそうで・・」という気の弱さは厳禁です。
・飼育環境を変える
支配性を助長するようなことを止めて、飼育環境を変えることも必要です。
例えば、ソファーの上に乗せない、寝室に入れない
室内に犬のおもちゃを置かない(争いの元となるものをなくす)などなどです。
自分の寝場所に固執し、家族が近づこうとすると攻撃行動がある場合
一つの場所で寝ないように習慣づけるのも一方法です。
今日は居間、明日は庭・・てな具合です。
つまり、犬の寝場所を人がコントロールするのです。
・攻撃性を誘発することはやらない
まずどんな状況で攻撃行動があるのかを観察しそのような状況になることをできるだけ回避しましょう。
特に危険を感じる程ひどい場合は、犬が攻撃しそうになることを全て止めなければなりません。
それから犬の格下げ処分です。
例えば、ブラッシングをすると攻撃的になった犬ではブラッシングを全面ストップします。
格下げが確立してきたら、撫でてやることから始めます。
次にブラシを持った手で撫でます。そして感覚の鈍い体部をそっとブラッシングします。
ここまでくればサクセスです(すみません、かなり古いCMです)。
・その他
口輪・リードを活用する方法もあります。
どうしようもないときに使います。安全第一のためです。
行動修正の初期にいつも短めのリードをつけておくとコントロールが容易になります。
でも、ここまで来る前に気づき、早めに矯正したいものです。
問題児の約90%は雄犬です。
支配的攻撃性のある雄犬では男性ホルモンがその行動を調節あるいは促進していると考えられます。
去勢手術も一方法です。
ただ、去勢手術だけで問題が全面解決すると誤解しないでください。
行動の矯正もやはり必要です。
さて、我が家のマラミュート軍団についてです。
マラミュートは「反応性が低く、訓練性能も低く、支配性・攻撃性がちょいと強い犬種」とされています。
しかし、我が家の個性的なマラミュート達は自分の家族に対して支配性を誇示することは見られませんし、攻撃性もありませんでした。
赤ん坊、幼児期の娘に対してもそうでした。
まあ、娘は支配階級制の外に置かれていたようにも思います。
気難しい里子の冬馬だって、新しい家族をこよなく愛してくれるようになりました。