第39話
病気
飼犬が健やかに、そしてつつがなく暮らすために、食事は重要な因子の一つです。散歩(運動)と食事は、犬にとっても最高の楽しみです。おろそかにできません。
飼主である私たちは犬に必要な食事について知らないことが多いように思います。どんな栄養素が、どれくらい必要なのでしょう、人間とはどう違うのでしょう。栄養不足はなんとなくわかりますが、栄養素の過剰摂取ではどんなことが起こるのでしょう。子犬と成犬と老犬でどのように違うのでしょう。フードの表示を見ても、何が何やらちんぷんかんぷんです。知らないことが多く、フードを過信し、あるいは人間の食べ物を基準に考え、挙句の果てが生活習慣病かもしれません。
飼犬の食事は家庭によってそれこそ千差万別です。一般的にはドッグフードと缶詰です。自然食(家庭調理食)、生食(生の肉類・魚類等)の重要性を主張される方もおられます。犬族の自然な生態を考えますと、それも一理あります。ただ、ここでは、「家庭調理食・生食のよさとフードの利便性の比較」、「フードの銘柄の比較」、「缶詰の銘柄の比較」、「副食の是非」などには踏み込まないつもりです。犬の食事に関する諸々の周辺知識を皆さんの判断材料として提供することにします。
まず、犬の食事を取り巻く環境として3つの話題を紹介します。「フード産業の膨張」「肥満問題」「食源性の生活習慣病」です。
野生のときは、犬族自身で狩りをし、食べ物を手に入れていました。人間との共同生活が始まり、人間の食事の残り物が与えられるようになりました。犬族も猫族も同じ食肉目ですが、猫族だけが真の肉食動物に分類され、犬族は雑食動物とされています。人間との共同生活で、魚、穀物、野菜などを食べるようになった結果です。
いつの頃からかドッグフードが与えられるようになりました。飼主である人間が、「ドッグフードは、便利で、費用が安価で、見た目もよく、与えても特に問題が生じることがない」と評価したからです。90%以上の飼主がドッグフードを使用しているという調査報告もあります。ただ、「与えても特に問題が生じることがない」という点については、疑問が投げかけられる場面が“無きにしも非ず”です。
少子化、ペットブームで、ペット産業、そしてフード産業は膨張し一大産業となりました。多くの国内企業が参入していますし、昔は入手が困難であった外国産フードが近所のスーパーに並んでいることもあります。ただ、過当競争気味です。一部では「その品質を落として値段を下げている」という噂も聞きます。ペットフード安全法が施行されたことから(参考として別記)、一時期の群雄割拠状態がやや解消され、品質の良いものが残りつつあるのが現状のようにも感じています。
私たちは、一消費者ではなく、飼犬の親代わりとしてフードにも関心を払い、賢い飼主にならなければなりません。「価格が安く、飼犬が喜んで食べ、便がゆるむこともなく、短期的に悪影響がなければよい」だけでは済まされないようにも思います。愛犬が一生を通じてそのフードを食べ続けることになるからです。
市販フードは、ドライ、ソフトモイスト(半生)、そして缶詰に大別されます。その銘柄は数え切れないほどです。犬のステージにあわせて、子犬用(○○パピーなど)、成犬用(○○アダルトなど)、老犬用(○○シニアなど)もあります。犬種ごとのフードもあります。そのほか、特殊な目的で使用されるフードもあります。最近の流行は肥満対策用フードと高級(プレミアム)フードかもしれません。さらに、いろんな疾患対策として、療法食、処方食などと呼ばれるフードもあります。各フードの詳細は別の単元で取り上げることにします。
従来、日本ではペットフードについて国の規制はなく、業界の自主規制で管理されていました。2007年に米国で発生したペットフードへの有害物質(メラミン)混入事件を契機にペットフードの規制が論議され、2008年6月に“ペットフード安全法”が公布され、翌年6月に施行されました。法律の正式名称は「愛護動物用飼料の安全性の確保に関する法律」です。ペットフード安全法の構成と仕組みは下記の通りです。
肥満問題は豊かな社会に住む犬たちに最も多い栄養性疾患です。飼犬の現代病かもしれません。運動不足と過剰な食事の行き着く先が肥満です。なお、栄養性以外にも、ホルモンのアンバランスによる肥満もあります。
動物病院に来院する犬の40~45%は体重過多ともいわれています。米国・ペット肥満協会の調査では犬で53%、猫で55%が肥満傾向との報告もありました。肥満は病気の温床となります。関節と運動器疾患、呼吸困難、心臓血管系疾患、糖尿病などが、肥満とともに増加します。肥満が素因となる病名を並べると人間とまったく同じであることがわかります。さらに、手術を受けなければならない事態となったとき、全身麻酔の危険度が増加します。
その上、手術がやりにくく、長時間を要してしまいます(蓄えられた脂肪が邪魔をして、目的の患部になかなかたどり着けません)。
犬の肥満対策はまずは食事管理です。飼主の務めです。肥満対策には、栄養的に完全で、バランスがよく、高繊維質・低脂肪・低カロリーの食事が求められます。市販の肥満対策用フードは少なくとも高繊維質・低脂肪・低カロリーの特徴は持ち合わせています。
その特徴があるからといって、たくさん与えてもよいということではありません。
肥満猫の減量はなかなか難しいようですが、犬の減量は、食事摂取量を完全にコントロールすることができれば容易であるといわれています。ただし、標準体重を25%以上超過すると、ダイエットがなかなか難しくなるようです。そうなる前に体重管理を始めなければなりません。なお、“標準体重”というのが意外と曲者です。なにをもって標準体重とするのかが曖昧なのです。個体毎に標準体重を考慮しなければならないように思います。
肥満傾向が強いといわれる犬種がいます。ある研究では肥満になりやすい犬種は食物を選択する能力に欠けている(あるいは低い)とのことです。食物を選ぶ能力に欠けると、どうしても食べ過ぎる傾向が強いようです。
例えば、アイリッシュセッターとビーグルでの比較試験です。ご存知のようにビーグルは肥満になりやすい犬種とされています。これら二犬種に、嗜好性が高く、カロリーの高い食事を与えた場合、セッターは自ら上手に制限して摂取します。ところが、ビーグルはこのときとばかりガツガツと食べ過ぎてしまいます。つまり、食物を選択して、食べる量を調整する能力が低いようです。
食事が原因の病気は、栄養不足でも起こりますが、意外と盲点なのが、栄養過多でおこる病気です。肥満もその一つです。犬の食事というと、肉(蛋白質)、骨(カルシウム)と連想してしまいますが、栄養過多、あるいはバランスの悪さによる生活習慣病も少なくないことを認識する必要があります。例えば、犬が長期間にわたって過剰に蛋白質を摂取しつづけると、腎臓疾患を患うことがあります。カルシウムの過剰では、リン、亜鉛、鉄、銅の欠乏を招き、発育遅延、甲状腺機能低下などが起こります。
栄養性疾患については、栄養素の役割と、病気に至るメカニズムがわかることが重要です。栄養性の腎臓疾患について、そのメカニズムをもう少しだけ解説してみます。
腎臓に損傷を受ける栄養的要因は、高蛋白食、高ナトリウム食、高リン食、そして自由採食(好きに食べさせる)です。
高蛋白食を与え続けられる、あるいは自由採食だと、血中の不要物質が増加します。腎臓は、この不要物質を濾過して、体外に排泄するのが役目です。過剰な不要物質を濾過するために腎臓が一生懸命に働きます。このため腎臓の血管が慢性的に拡張します。不要な蛋白は、尿中にも排泄されますし(蛋白尿です)、負担がかかった腎臓の細胞に損傷を与えてしまいます。さらにその損傷修復のために新たな細胞が増殖し、ついには腎臓が硬くなってしまいます。当然ながら、腎機能もおかしくなります。
高リン食は、腎臓の血液濾過機能を異常に亢進します。さらにカルシウムとリンの腎臓への沈着を促進します。これが続くと腎臓が損傷を受け、そして石灰化してしまいます。高ナトリウム食は高血圧を誘発します。高血圧は血管損傷の原因となり、腎臓疾患につながります。