ワラビーリポート
2010.2.11 HAACセミナー

 2010年2月11日 、HAAC(Human And Animal Community)主催で、ペットをめぐる問題についての意見交換会「ターミナル期~ペットロスにおける飼い主様へのサポート」が開催されました。
 パネラーの1人に飼い主様代表として、はとがや動物病院 野口が愛犬「ぷう(愛称:ぷうこ)」との別れについて話をしました。
 家族みんなに愛されていた、ぷうことの思い出や、ぷうこを看取った時のことを涙ながらに語ました。会場も、野口のぷうこに対する愛情や、亡くなってしまった寂しさを共感するかのように涙につつまれました。
また、ぷうことの別れから自分が立ち直れたのは、自分の気持ちを理解し、共感してくれた動物病院スタッフや家族の支えがあったから、というのがとても印象的でした。

(講演要旨) 野口 摩弥子 「大切なのは、飼い主様と同じ気持ちを持つこと」

 本名、ぷう(風)。愛称、ぷうこ。シーズーです。検査で、ぷうこの胸に影を見つけたとき、ショックでした。わたしの勤務先であり、ずっとぷうこを診てきたはとがや動物病院の院長先生から、大病院を紹介されましたが、そこで、麻酔さえも危険だと言われ、延命をしないと決めました。残された時間を幸せに過ごさせたいと思いました。
 ぷうこが危険な状態になったとき、わたしは、ぷうこを愛するすべての人に電話をかけました。全員が我が家に集まってくれました。あまりに苦しそうなぷうこの様子に、私は安楽死を決断しました。夜間病院に行きました。そこで、処置をしてもらおうと思ったのです。でも、その獣医さんは坐薬をくれたのです。そして、この坐薬によって亡くなることもあるかもしれないが、それは、安楽死ではないと言いました。その言葉に、私ははっとなりました。ぷうこはそういう去り方じゃダメだと思ったのです。
 翌日、みんなそろって、勤務先の病院へぷうこを連れて行きました。10年以上、ぷうこのことを診続けてくれた院長先生は、私もぷうこも良くがんばった、安楽死は間違いではないと言ってくれました。ふんぎりがつきました。ぷうこは馴れ親しんだ病院で、私たち全員に見守られて旅立ちました。その後も、母は「悲しい」と言って泣き続けます。でも、私は「寂しい」という想いのほうが強かったのです。飼い主として、私が決めた安楽死。ぷうこがいない寂しさは分かる。でも、悲しいというのは自分の決断が間違っていたと言われるようで、戸惑いがありました。でも、実は妹も「悲しみ」よりも「寂しさ」を強く感じていることがわかり、私は、妹となら泣き笑いができるようになりました。
 また、その頃、携帯サイトで「泣くと、その涙で亡くなったペットの汚れや痛みが洗い流される」という文書を見つけました。それを読み、泣いていいんだ、泣いたほうがいいんだとわかり、それから泣くことが恥ずかしくなくなりました。子供たちも、ぷうこは、かたちを変えて、そこ(骨壺)にいると言ってくれます。院長は、私がなにも言わないのに気持ちが落ち着くまで休みなさいと言ってくれました。
 その病院に復帰し、主に受付業務をしながら、私は、飼い主様と一緒に泣いて、笑います。一緒に泣いてくれてありがとうと言ってくださる飼い主様の言葉はうれしいものです。そういう私にしてくれたのは、動物病院のスタッフであり、家族であり、サイトの情報でした。想いを表現できなかった私をサポートしてくれたのは「私と同じ気持ちをもった人や情報」だったと思います。